ある日突然、日常生活が奪われたウクライナ国民と
ある日突然、世界から敵だと言われたロシア国民

 帰国後、コロナ禍の不安が一気になくなった私は、さまざまな場所でモスクワでの体験談を楽しく語っていた。それが一変したのが、2月24日のロシアによるウクライナへの軍事攻撃だった。

 日本にいる私のSNSには、ウクライナの友人から悲惨な写真やコメントが届き始めた。「爆撃が始まった。地下室に避難している。ワッツアップで私の情報を送ることはできる。でも動けないんだ」、数日前まで誕生日や卒業のお祝いメッセージをやりとりしていたキエフ中心部のアパートにいる友人からだった。このメッセージを受ける友人グループにはロシア人もいる。

 ロシア人とウクライナ人は恋愛や結婚も自由で、親戚や兄弟が両国に分かれて住んでいたりと、その関係はとても親密だ。私もクリミア半島での紛争など、ロシアとウクライナの関係に政治的な問題があることは知っていたが、それは日常とは違うと感じていた。多分このウクライナへの攻撃に一番驚き、一番嘆いたのは、間違いなく一般のロシア人だったのではないだろうか。実際、たくさんのロシア人が、直後に大規模なデモや抗議活動を行った。だが、攻撃から1か月以上が経っても戦火は収まらず、状況はさらに悪化している。

 攻撃への制裁としてロシアと諸外国との銀行間取引が停止となり、ルーブルの金利は一晩で2倍になり、対米ドルレートは一時1ドル80ルーブルから110ルーブルと通貨が下落、ロシアのATMには預金を引き出す長い人の列ができた。だが、3月以降インフレが加速し物価の上昇が続き、生活に必要なものは不足気味ではあるがまだ買えるそうで、銀行の行列も落ち着き、モスクワのレストランやカフェには多くの人がいるという。

 VISAなど欧米系クレジットカードが使用不可で、キャッシュレス化が進んでいるロシアでは困っているのではとモスクワの知人に聞くと、ロシアは「ミール」という政府金融機関のクレジットカードのシェア率が高く、「今のところ、困るのは海外からの観光客くらい」と冗談のように教えてくれた。また、最近は取り締まりが強化されているため反戦デモも見かけず、公共施設や交通機関は平常通りとのことで、送られてきた全ロシア国立外国文献図書館での読書イベントの写真は、私の訪問時と変わらないように見えた。

 しかし、一方で従業員100人規模の広告会社の社長からは、家族を連れてロシア国外へ出国したというリアルな話も届いた。優良なロシアの中堅企業が、金融制裁の影響により経営が成り立たなくなっているというのだ。このまま戦争が続けば、海外の企業の撤退も含め、失業者問題など、ロシア国民の日常生活も厳しくなっていくだろう。

 ある日突然世界から敵と呼ばれたロシア国民が、外部からの情報遮断で内向きになり、経済的にも追い詰められた結果として戦争が長期化、拡大することが心配でならない。