「フィジカル to サイバー」時代こそ
日本が活躍できる

新宅:では続いて、東芝のDXの旗振り役を務める島田太郎さんにお話を伺います。インダストリー4.0を牽引するドイツのシーメンスを経て、2018年に東芝に移られましたが、現在進めていらっしゃる日本の製造業DXの模範づくりについてお聞かせください。 

日本のものづくりと製造業の未来<パネリスト>
東芝 執行役上席常務 CDO (上記肩書きおよび略歴はフォーラム開催時。その後、2022年3月1日付けで、東芝 代表執行役社長CEOに就任)  島田太郎
TARO SHIMADA
新明和工業、シーメンスを経て、2018年にコーポレートデジタル事業責任者として東芝に入社。2019年執行役常務最高デジタル責任者(CDO)、2020年執行役上席常務に就任。現在、東芝デジタルソリューションズ(株)取締役社長、東芝データ(株)代表取締役CEO、一般社団法人ifLinkオープンコミュニティ代表理事を兼任。著書に、『スケールフリーネットワーク ものづくり日本だからできるDX』(日経BP、2021年)。

島田:具体的な事例をご紹介する前に、いまがデジタルエコノミーの転換点にあることをお伝えしておきたいと思います。これまでデジタルエコノミー時代の寵児といわれてきたのはGAFAといわれるメガプラットフォーマーたちですが、彼らが集めてきたのは「サイバー to サイバー」、つまりスマホやPCなどを介して人間が生み出したデータが中心でした。しかし、今後は「フィジカル to サイバー」、つまりGPSやセンサーなどを介してモノから生まれたデータが爆発的に増え、それが主流となることが確実視されています。むしろ、これが次の世界をつくると言っても過言ではありません。私は、この「フィジカル to サイバー」の時代こそ日本が活躍できると考えています。

 一方で、マーク・ザッカーバーグがつくったフェイスブックをはじめとするSNSには、バラバシ・アルバートモデルと呼ばれる「スケールフリーネットワーク」、つまり一部のノード(点)に多数のリンクが集中する現象が見られます。ごく一部のノードがスケールフリーとなり、パンデミックともいうべき、爆発的な影響力を持つ時代となったのです。そこに「いいね!」が押されたり、シェアされたりすることで、大きな価値をつくりだす世界を誕生させました。ちなみにザッカーバーグは「いいね!しか発明していない」とみずから語っていますが、その意味では、コトをつくることよりも、「コトが生まれる場所をつくる」ことが重要だといえるでしょう。

 これらのポイントを踏まえて、いま東芝が取り組んでいる具体的なDXの取り組みをご紹介します。最初の事例は、誰もが簡単にIoTを使える世界を目指すオープンプラットフォーム「ifLink®」(イフリンク)です。機器を動作させるのに、プログラミングは必要ありません。アプリを使って誰でも簡単にIFとTHENのルール(レシピ)を動作設定できることで、世の中に爆発的にIoTの担い手を増やし、業界を横断してさまざまな機器やサービスとの連携が可能となります。現在100法人を超える企業や団体が会員になっており、さまざまなソリューションが生まれています。たとえば不二家の直営レストランでは、店内のCO₂濃度を計測する「CO₂濃度モニタリングサービス(ClosedBuster™)」や、来店客の顔認証によるマスク装着チェックや体表面温度検知機能などの新型コロナ感染症対策ソリューションがすでに導入されています。また、デンソーとノーリツのコラボレーションでは、車が家に近づくと自動的にお風呂が沸いたりする、車載機器と家のお風呂の給湯器をifLinkで連携した実証実験も行いました。

 続いてご紹介する事例は、電子レシートアプリの「スマートレシート®」です。レジで紙のレシートを受け取る代わりにスマートフォンにレシートデータが飛んでくるという仕組みによって、ユーザーは自身の購買情報を可視化できるだけでなく、電子レシートに切り替えたことによるCO2削減量も確認することができます。またクーポン配布やレコメンドなどのプロモーションも効果的に行えるため、店舗側にとってもメリットが大きい。一般的にクーポン利用率は5%程度といわれますが、このスマートレシートではなんと50%を超えるクーポン利用率の実績をたたき出しています。さらに福島県の会津若松市では、このスマートレシートと会津地域ウォレットアプリ「会津財布」と連動させ、店舗間の送客を促すマーケティングを実践しており、地方創生にも有効であるという実績も生まれています。

 ただし、我々がこの電子レシートアプリを開発したのは、生活者の利便性向上のためだけではありません。「データは誰のものか」という大きな問いに対する答えでもあります。購買データは会社のものと思われがちですが、本来は買い物をした本人のものであるからです。本人の意思でデータを企業からフィードバックしてもらい、それらを連携して、みずから活用することができる。データを企業中心ではなく「人中心」に戻すことで、本当の意味でのデータ社会をつくる一歩だと考えています。

 さらに我々は、まもなく到来する量子インターネットの世界を見据え、絶対に盗むことができないといわれる「量子暗号通信」の事業化を進めています。もちろんプロダクト売りではなく、QKD(Quantum Key Distribution:量子鍵配送)プラットフォームによるサービスとして展開していく予定です。また量子産業の創出に向けて、当社のほか、日本のベンダー、ユーザー企業が発起人となり、「量子技術による新産業創出協議会」(通称Q-STAR)を2021年9月に発足させました。「量子技術イノベーション立国」を目指し、産官学連携して、グローバルで通用する基盤と応用技術の確立、運用ルールづくりを進めることで、日本の国際競争力強化へとつなげていきます。

新宅:先ほど島田さんが「コトをつくることよりも、コトが生まれる場所をつくる」ことが重要だとおっしゃった通り、ソリューションビジネスとはソリューションそのものではなく、ソリューションが生まれる仕組みをつくることだといえますね。量子技術もそのための強力なツールであることがよくわかりました。