「モノからコトへ」の切り替えではなく
「モノからコトを」生み出す

新宅:3人目のパネリストは、社会科学者の立場からご登壇いただく早稲田大学教授、東京大学名誉教授の藤本隆宏先生です。藤本先生は製造業に関する世界的な研究者であり、2003年に東京大学に「ものづくり経営研究センター」を設立し、日本の製造業の方々との共同研究を数多く手がけてきました。今日は「勝てるデジタルものづくり」についてお話しいただきます。

日本のものづくりと製造業の未来<パネリスト>
早稲田大学 教授
藤本隆宏
TAKAHIRO FUJIMOTO
東京大学経済学部卒業後、三菱総合研究所に入社。ハーバード・ビジネス・スクールにてDBA(経営学博士)を取得。1990年〜2021年東京大学経済学部助教授・教授、東京大学ものづくり経営研究センター長を経て、現職。著書に、『生産システムの進化論』(有斐閣、1997年)、『日本のもの造り哲学』(日本経済新聞社、 2004年)、『現場から見上げる企業戦略論』(角川書店、2017年)など。

藤本:私は長らく、現場の観察から始める産業経済学・産業経営学の研究をしてまいりました。その中で言えるのは、産業とは「付加価値の流れ」であるということです。その流れを見てきた者として、日本の製造業がこの30年でダメになったといわれ続けてきたことについて、それは大きな誤解であると訂正しておきたいと思います。もちろん勝ったとはいえませんが、けっして負けているとはいえない。国の統計データを見ても、日本の製造業付加価値総額(実質,2015年基準)は、1990年の約86兆円から2020年の約116兆円へと右肩上がりにじりじりと伸びているのです。

 大きく負けた分野もありますが、我々が「インテグラル・アーキテクチャ」と呼ぶ設計思想を持った「すり合わせ型」の製品は輸出比率が高く、グローバルな競争力を有していることが明らかになっています。これが日本の製造業のベースとなって、よいモノをよい流れでつくるという原則は変わっていません。しかし、よいモノをつくるだけでは通用しない時代となったいま、すり合わせ型のものづくりで培った競争優位の成果、たとえばアセットシェアや顧客の信頼を出発点とした、モノとデータが結合する「フィジカル to サイバー」のソリューションモデルを生み出していくことが求められています。それはけっして自社の過去のものづくり努力を否定する「モノからコトへ」の切り替えではなく、過去のものづくり競争優位の成果を出発点として「モノからコトを」生み出すソリューションをつくり上げることが重要なのです。

 図表は、デジタル化時代のものづくりのビジネスモデルを分類したものです。見ていただければお分かりの通り、3層構造になっています。一番下の「地上」は、現場・現物のあるフィジカル層です。日本の製造業の多くはここに存在しています。一番上にある「上空」は、GAFAが掌握するサイバー層です。以前はこの上空と地上がつながっていない状態でしたが、この十数年を経て、これらをつなぐ「低空」、つまりサイバーフィジカル層が誕生しました。私は、このサイバーフィジカル層に日本製造業の商機があると見ています。

 では、地上のフィジカル層にいる日本の製造業はどう戦えばいいのか。それには3つの戦略があります。まずは上空を制するGAFAを相手にした「①上空戦略」です。ものづくりの組織能力で差別化した自社製品を、自社標準で、GAFA等を相手にしっかりと売り切っていくことが求められます。次に「②低空戦略」です。先ほど野路さんと島田さんがお話しになった事例はまさにここで起きていることですが、モノを売りっぱなしにせず、顧客とのデータ共有プラットフォームにより、顧客プロセスを常時改善していくというソリューションビジネスだといえます。そして最後は「③地上戦略」です。ここは日本の製造業が得意とするインテグラル・アーキテクチャ、つまり高度なすり合わせ型の生産能力を、協調型スマート工場化によるサイバーフィジカルシステムで強化していこうというものです。

 こうした、日本企業が競争力を発揮できる「勝てるスマート工場」の特徴は、いわば1階の工場フロアに「人間」(多能工のチーム)がいることです。そこでは、変種変量変流型の複雑なよい流れを実現し、生産上のボトルネックが次にどこに行くのかも含めて、AI、センサー、デジタルツインなどと協調する人間(作業集団)が、そのノウハウをきちんと持っていることがポイントとなります。一方、中国などの海外のスマート工場は、2階(集中コントロール室)からリモートコントロールによって、シンプルなモジュラー型製品の大量生産を行うでしょう。結局、複雑なインテグラル型製品の面倒なものづくりを実現できる統合型のものづくり能力が、歴史的な理由で多く蓄積されているのは、日本の工場なのです。むしろ、先ほど島田さんがおっしゃった「フィジカル to サイバー」時代にチャンスが増えるのは、強い統合型の現場(コテコテのものづくり能力構築)と、強い本社(しぶといアーキテクチャ戦略)を持ち合わせた日本企業である、と私は考えています。

新宅藤本先生は「勝てるデジタルものづくり」のためのさまざまなアイデアをお持ちですが、ここで一番印象に残ったのは、やはり「モノからコトを」というメッセージではないかと。これは野路さん、島田さんのお話にも通じますし、日本企業の方々にとって非常にわかりやすく、的確なご指摘だと思います。