他社との共創に不可欠な
「アセットシェア」

新宅:DXを戦略的に進めていくにおいては、顧客や他の事業者とどうつながっていくかが重要であることが理解できました。では、そこでカギとなるのは何でしょうか。

島田:まず俯瞰的に全体構造をとらえて、自分の位置や役割、隣接領域がどのようなものかを見て、どちら側に出ていくのかを考えることだと思います。特定領域での信頼関係によって、新たな領域が生み出される。つまりは椅子取りゲームで、それに失敗すれば座る椅子がなくなってしまう世界です。その椅子の形や大きさもどんどん変化していく可能性もあります。だからこそ、先ほど藤本先生に提示いただいた3層レイヤーでのポジションも含めて、自分たちがいまどこにいるのかを常に確認し、自分たちの仕事の領域を再定義することが重要です。

藤本:その際に不可欠となる顧客との信頼関係は「アセットシェア」と連動するでしょう。B2Cビジネスではどうしてもネットワーク化された人口のシェアの戦いになりがちですが、B2Bビジネスでは、顧客との信頼関係を確立した企業のみが顧客とデータ共有できる。顧客の信頼を得た複数の企業がオープンなデータプラットフォームに乗ってつながっていくことによって、顧客の商売プロセス全体に貢献するソリューションビジネスが成立する。これは、島田さんがおっしゃった「スケールフリー」の概念にもつながるのではないかと。つまり、アセットシェアを持っている会社というのは、多くのリンクが集まるノードになれるということです。日本の製造業は、これまで地道なものづくりの中でこのアセットシェアと顧客信頼関係を積み上げてきました。これは、顧客とのデータ共有において、GAFAなどのメガプラットフォーマーに対する一つの参入障壁にもなると私は考えます。

野路:製造業の立場から言えば、重要なのは「自分たちのお客様は誰か」を明確にしておくこと、そのうえで「お客様のDXを実現すること」です。たとえばB2Cで調理機器をつくっている会社であっても、自分たちのお客様がエンドユーザーであると定義し、そのお客様のために何ができるかを考える。調理機器だけでなく、調理に必要なさまざまな材料をデータでつなげていけばどうでしょう。レシピ提供や健康管理といった新たなサービスも生まれ、ビジネスに発展性が出てくるはずです。ただし、その時に大切となるのは、グランドデザインを描きすぎないこと。まずは始めてみて、トライアンドエラーをしながら着実につくり込んでいく。これが10年後に大きなビジネスとなります。焦ってはいけません。やったこともない領域で、出会ったこともないお客様のために拙速に生み出すビジネスは、けっしてうまくいかない。だからこそ、自分たちのお客様はいったい誰なのかという「顧客の定義」があらためて大切なのです。

新宅:まさにヘンリー・ミンツバーグ教授が言う「創発的戦略」ですね。ビジネスが変革する時というのは、まずはきっかけをつくり、そこから何かをスタートさせることで、いろんなアイデアやソリューションが生まれていく。そういうものなのでしょう。

島田:新規事業であっても、何の関係もないところから突拍子もないものを持ってくる必要はありません。いまの野路さんのお話は「顧客の顧客を見るべきである」と言い換えられるように思います。顧客の顧客が求めることを見据えたら、もしかすると目の前にいるお客様の言うことは間違っているかもしれない。そうした仮説をデータで検証し、施策に落とし込んでいく。これをEBPM(Evidence-Based Policy Making)といいますが、そうした発想で次のステップに進んでいくべきだと思います。

野路:自社の製品が実際にどう使われているか、メーカーは意外と知らないものです。エンドユーザーのことをよくわかっておらず、経験や勘に頼ってやっているケースもあります。だから、データを使っていろいろシミュレーションしてみることも必要になりますね。

藤本:誰が見ても素晴らしい技術やアイデアが最初からあって、そこに多くのお客様が放っておいても集まってきてくれるようなことはあまりないでしょう。むしろ大多数のケースは、複雑な顧客の世界に関するディープなローカル知識を創発的に蓄積することによってのみ、競争優位のあるソリューションが生まれ、進化していくという過程をたどっていくのだと思います。

未来を切り拓く、
組織と人材づくり

新宅:次に、製造業でDXを実施する場合の組織と人材の問題に触れておきたいと思います。旗を振ってもなかなか現場が動かないといった問題がありますが、これに対してどのようにお考えでしょうか。

島田:こういうふうに変えたら、その結果うまくいったという「成功体験」が必要です。なおかつ、経営者は売上げだけに目を向けず、それ以外の部分もしっかり評価する。その経験を重ねることで、社員の中に「勘」が育っていきます。DXだからといって、スーパーエンジニアを外から連れてくるというやり方ではけっしてうまくいきません。たとえば「営業のやり方を変えよう」「新しい人と交流しよう」「いつものやり方の先に行こう」といったように、体験を一つずつ積み上げていくことが大事です。

野路:ものづくり人材(フィジカル人材)を最先端のソフトウェア人材(サイバー人材)へと、いきなりシフトすることはまず不可能です。けれども、最終的には両者を融合させなければなりません。そこで、サイバー人材チームは5年後、10年後を見据えてAIも学び、最新のアーキテクチャをつくり上げていく。フィジカル人材チームは鉱山や建設土木現場の知見を集めて技術レベルを上げ、いまあるビジネスモデルを深掘りしながら、お客様の現場のDXに挑戦する。その延長線上で両者が交わり、融合していくのです。

島田:それでも私は、フィジカルとサイバーが融合した人材をいまつくりたい。当社でも徐々に、体がアナログ、頭がデジタル、そういったハイブリッド人材が生まれつつあります。

野路:組織のトランスフォームという点においては、ベンチャー企業との共創も必須でしょう。日本企業の弱点は、「世の中の最先端技術」を勉強していないところにあると思います。お金を出してでも最新情報を集める必要があるのです。技術系の人間がみずからベンチャーキャピタルへの投資に関わることで、最先端の技術情報を集める。これも、製造業のDXにおいて非常に重要です。