かつての若者の街は
郊外とデジタル世界へ

 そしてITバブルの2000年代初頭には、あまたのITベンチャーが拠点を構えるように。

「当時の渋谷は、中小規模の物件が多くて家賃も手頃だったので、若手起業家が集まる『ビットバレー』と呼ばれていました。しかし、企業の規模が大きくなると、大きなオフィスがない渋谷を離れてしまう。東急グループは、こうしたIT企業の流出を防ぐため、渋谷の再開発ではオフィス物件の充実を図っています。今は『やっと目指していた大人の街が作れる』と、前のめりで開発を進めていますね」

 そうした影響もあり、すでに渋谷は10代や20代が流行やカルチャーを“消費”する場所ではなくなっている、と鳴海氏は語る。それでは、若者たちは今、どこにいるのだろうか。

「現在渋谷では、若者文化を象徴してきた飲食店やアパレルショップが続々と閉店し、若者離れも進んでいます。理由のひとつは郊外化。バブル崩壊やリーマン・ショックを経て、子どもを持つ家庭が都心に住むのは経済的に難しく、郊外に家を持つようになりました。人口が増えた郊外には大型ショッピングモールが続々とオープンし、幅広い年齢層が身近な場所で買い物をしています。ユニクロやしまむらなど、郊外を主戦場にするアパレルメーカーのクオリティも高く、近年ではネットで服を気軽に買えることも大きいですね」

 また、音楽や映画などのエンターテインメントも、スマホがあればどこでも触れられるようになった。SNSなど、デジタルの世界から流行が生まれるケースも多い。

「かつては渋谷に行かなければ接点を持つことができないファッションや映画、音楽といったものがありました。でも今は、よほどの理由がない限り、渋谷に行く必要がありません。いわば若者の街は“郊外とデジタルの世界”に移行したといえます。今後もこの状況は続くとなると、90年代の渋谷のように流行の発信地を限定するのは難しくなるでしょうね」

 若者の流行は“ひとつの街”からは生まれなくなった。渋谷の若者離れは、その事実を物語っているのかもしれない。

「今回の再開発が成功すれば、渋谷は若者の街からビジネスの街に変わるはず。今後渋谷にオフィスを構えるのがステータスになる可能性も高いです。とはいえ、時代に流されやすい渋谷の特性を考えると、いつ風向きが変わるかわかりません。予想通りにいかないのが、渋谷のおもしろさでもありますね」

 時代に翻弄(ほんろう)されてきた渋谷。今後、彼の地がどんな街に変貌するのか、静観するのも一興だろう。

鳴海 侑
まち探訪家。大学卒業後、交通事業者やコンサルタント勤務を経て現職。「特徴のないまちはない」をモットーに、これまで全国650以上の市町村を訪問している。ウェブメディアでの執筆活動などを行う。