伊賀 転職もそうだと思います。少しずつ時代は変わりつつありますが、今でも多くの人は一生同じ会社で頑張ることが正しいやり方だと信じていて、より向いた仕事や組織を求めて転職することを嫌うんです。
23歳で社会も何も知らない段階で選んだ会社が、唯一正しい答のはずがない。それなのに、転職する人は堪え性がないとか一貫していないと言われてしまう。
スポーツでもビジネスでも、客観的に自分を分析して、向いているところに移って勝負するって、当然あっていいことですよね。
為末 はい。凄くシンプルな答えを、本当は誰もが持っていると思うんですけど、いろんなことの「王道」に囚われていて、それをどう実現していいかわからない状況ですね。合う子に合うスポーツを勧めて、その子に合うほうをやるのか好きなことをやるのか選ばせればいいと思うんです。それがうまくできていない。
伊賀 根性論だけで頑張り続けることを求められ、「オマエの努力が足りない」と言われながら伸び悩む子もいそうですね。
完全な実力主義の世界は
厳しいようでいて優しい
為末 会社に勤めていたとき、感じたことがあります。海外の大会から帰ると給料が口座に入っているんですよ。安心が確保されている状況にホッとしている自分に危機感を覚えました。一見、安心とか安全に見えてることって、凄く危ないこともありますよね。
伊賀 その通りだと思います。大企業など安定したところで長く働いていると、そういう安心感が何十年も積み重なっていくわけです。そして次第に、その安定を失うことが怖くて怖くてたまらなくなる。普通の人は、金メダルのような明確な目標があるわけでもないので、いつしか安定の維持が目標になってしまうんです。
自分がどういう生き方や生活をしたいのかというイメージは、本来、誰もが持っているはずです。でもいつしかそれが全部“2番目の目標”になってしまって、一番の目標は安定の維持になってしまう。
為末 それは怖い。
伊賀 で、50歳あたりになって、ふと自分の人生を振り返った時に、ある程度自分の終わりも見えてくるので、このままで良いのか、何が自分の一番の目的だったのか、何のために働いているのかを思い返すと思うんですよね。