為末 書籍『走りながら考える』は、実は50代の方からの反響が大きかったんです。理由のひとつはそれだと思います。
自分の人生の時間と才能に有限感を感じられたかどうかで、毎日が変わってくると思うんです。競技人生の場合、特にそれを突きつけられる場面が多くある。僕の場合、短距離の世界での自分の限界が早い段階で見えたんです。マッキンゼーではこうした「有限感」についても考えられていましたか?
伊賀 マッキンゼーの場合、一定期間内に求められるスキルレベルに達しないといけないので、そういう意味での有限感はありますね。期限が決まっているという意味で、「ストップウオッチが動いている」という言い方をよくします。
それに明確な実力主義なので、大半の人が早期にそれなりの挫折感等を味わいます。そうすると、自分のキャリアの中で何をやるべきか、みんな真剣に考えるようになります。
私も、コンサルタントとしては限界を感じる部分があったから、採用や人材育成のポジションを選びました。自分の能力について凄く厳しいことを言われるんですけど、「自分のことを正確に理解する」という意味では、長い目で見れば優しい組織なんだと思うことにしています(笑)。
「負けたら終わり」と考えると、
傷つかない道を選んでしまう
為末 スポーツの世界も同じですね。厳しさ、圧倒的な強さに直面することって結構あるんです。そういう時に実感しますね。アメリカの「トライアル」という制度は想像を絶する世界で、生き残り競争の中、絶対にかなわない選手、本当に凄い奴の存在を突きつけられるんです。
僕の場合、国内では末續慎吾くんという物凄い速い選手がいました(北京オリンピック男子4×100メートルリレー銅メダリスト)。本物の天才に会って、自分はどの道を選ぼうという岐路に立たされるわけです。僕はそういう中で400メートルハードルを選んだんですけど。
日本って、そういう自分が恥をかいたり、負けたりという経験を、恥ずかしいからと避けているような気がするんです。
伊賀 「負けたらそこで人生終わり」と捉える人が多いですよね。そうすると、負けないように、傷つかないようにという人生になってしまう。そうすることで、心の安寧を確保しようとする。
為末 でも、より上を目指したい場合には、それじゃあダメってことです。