「30人の幼児と自分の娘、どちらを助ける?」
ソクラテス、プラトン、ベンサム、キルケゴール、ニーチェ、ロールズ、フーコーetc。人類誕生から続く「正義」を巡る論争の決着とは?
いじめによる生徒の自殺をきっかけに、学校中に監視カメラを設置することになった私立高校を舞台にした小説、『正義の教室 善く生きるための哲学入門』が刊行された。「平等」「自由」、そして「宗教」という、異なる正義を持つ3人の女子高生のかけ合いから、「正義」の正体があぶり出される。作家、佐藤優氏も「抜群に面白い。サンデル教授の正義論よりもずっとためになる」とコメントを寄せている。本書の内容を一部特別に公開する。
哲学者フーコーの研究テーマとは?
前回記事『スマホが「監視カメラ」と化したメカニズム』の続きです。
授業を終えたばかりの風祭先生を、僕は走って追いかけた。
そして、廊下で呼び止める。
「先生、質問があります」
「正義(まさよし)くん、どうしたんだい?」
「僕たちがパノプティコン(監視システム)から抜け出すにはどうすればいいのでしょうか? それについてフーコーは何と言っているのでしょうか?」
息を整える間も置かず、僕は単刀直入に聞いた。しかし、先生は残念そうに首を振る。
「いや、フーコーは、それについて何も言及していない」
そうですか、とため息をつく僕。
先生は、うなだれる僕の肩に手を起きながら、とはいえ、と続けた。
「フーコーは監獄以外にもさまざまな研究を行っている。そして、それらの研究テーマは一貫して、人間を支配する『目に見えない何か』についてなのだが……、なぜフーコーはそんなものばかり研究していたのだろう?」
「それはやはり、彼自身が、その『目に見えない何か』から逃れたかったからではないだろうか。だから―これは私の想像だが―彼が人生の最後に行った研究の中に、その答えの鍵があるように思う。もっとも、残念ながら、その研究が哲学体系としてきちんとまとまる前に、彼は病気で亡くなってしまったのだがね」
「フーコーは最後にどんな研究をしていたのですか?」
「倫理学だ」
それは意外な答えだった。
「倫理学ということは……フーコーは、人生の最後に、正義や道徳について研究していたってことでしょうか?」
「そうだ。彼は晩年になって、突然、倫理学―それも古代ギリシアの道徳観について研究を始めている。なぜ、急に研究テーマをそこに定めたのか。それは謎とされているが、一説には、古代ギリシアでは同性愛が平然と行われていたから、その興味からではないかともいわれている」
「同性愛に興味……?」
「ああ、授業では言ってなかったな。フーコーは同性愛者、つまり、ゲイだったんだ」
ゲイ……男同士で愛し合うってことか。
「ちなみに、フーコーが同性愛であることを自覚したのは大学に入る頃、ちょうど正義(まさよし)くんぐらいの年齢の頃だったらしい。もともとフランスはカトリックの国で同性愛は宗教的に禁止されていたし、また当時は今と違って性に寛容な時代ではなかったから、同性愛者は迫害と言ってもいいほど、ものすごい差別を受けていた」