「30人の幼児と自分の娘、どちらを助ける?」
ソクラテス、プラトン、ベンサム、キルケゴール、ニーチェ、ロールズ、フーコーetc。人類誕生から続く「正義」を巡る論争の決着とは? 
いじめによる生徒の自殺をきっかけに、学校中に監視カメラを設置することになった私立高校を舞台にした小説、『正義の教室 善く生きるための哲学入門』が刊行された。「平等」「自由」、そして「宗教」という、異なる正義を持つ3人の女子高生のかけ合いから、「正義」の正体があぶり出される。作家、佐藤優氏も「抜群に面白い。サンデル教授の正義論よりもずっとためになる」とコメントを寄せている。制作の舞台裏を著者の飲茶氏に伺った(構成/前田浩弥)

「小説ですが、情景描写を捨てました」これから本を書く人へのアドバイスPhoto: Adobe Stock

短所は思い切って捨てる

――初めて書かれた小説でここまで大きな反響を巻き起こしたとなると、「これから小説を世に出したい」と考えている人や、さまざまな創作に関わっている人にとっても、「よし、自分も!」と勇気が湧いてくると思います。そんな人たちへのアドバイスをお願いします。

飲茶:僕はこれまでに小説を書いたことがありませんでしたし、文章のプロでもありません。だから、『正義の教室』を執筆するにあたって、ひとつ、諦めたことがあるんです。

――「諦めたこと」ですか?

飲茶:はい。それは「描写」です。『正義の教室』の参考にしようといろいろな小説を読み漁ったのですが、やっぱり「プロの文章」は違うんですよね。描写の力が半端ではない。ただ景色を表現するのにも、季節や匂いを感じさせるような彩りや、風通しまでもが伝わるような潤いある描写が必ず盛り込まれています。僕にはそれができない。だから『正義の教室』では、たとえば黄色い花があることを伝えるのなら「黄色い花があります」と書こうと決めたんです。

――そうだったんですね!

飲茶:読者から求められているのは「描写力」ではない。世界にはどのような種類の正義があるか、そしてその正義を体現したキャラクターが、悩んだり苦しんだりしながらも自らの正義を信じていくかをわかりやすく伝えることであるはずだ。そう思い、「描写」を諦め、シンプルに表現することを心掛けたんです。

――いえいえ。悩んでいる人にとってはとても参考になる話だと思います。

飲茶:ストーリーや設定が面白ければ、ちょっとくらい文章が下手でもなんとかなると思います。『正義の教室』の場合、「自分の得意・不得意を見極めて、得意に全振りしよう」を覚悟を決めたことが、プラスに働いたと感じています。