関係開始前に、お互いが「関係の終わり」を意識する
契約業務に携わった方であれば、一度は以下のような文言を目にしたことがあるのではないでしょうか。
“本契約に定めのない事項又は本契約の内容等に疑義が生じた場合には、甲及び乙は、誠意をもって協議するものとする”
契約などによって関係を開始するときは、「お互いの利害関係や価値観が一致している」という前提があります。だからこそ、期待値や前提条件に相違がないことを確認したり、相違が生じた時のことやその関係を終了させる時のことについて合意するのが契約書です。海外の契約書などでは条件が細かく設定されており、小さな相違が生じた時点で議論が発生するため、大きなトラブルになる前に対処できることも多くあり、結果的に最悪の事態を避けることができます。
一方で、協調性や画一性を重要としてきた日本では、「他者も自分と同じ価値観を持つ」という前提があります。また、最初の時点から終わりや争いを想定することは、「相手を信頼していないと見られてしまう」という考えもあるでしょう。その結果として、想定外の事象については事前に協議をせずに「誠意をもって協議する」という慣習ができたと考えられます。海外の一部の国と比べると、日本では婚前契約もあまり一般的ではないことなども、同じような文化的背景が影響しているのかもしれません。
キャリアに対する考え方がこれだけ多様化しているにもかかわらず、雇用関係においても業務委託契約などと同じように「相手も自分と同じ価値観でいる」という前提で進めてしまい、実際はお互いの前提にズレがあることが、不幸な「辞め方」を生んでいます。
雇用関係において、会社と個人が持つ前提のズレを改善するためには、まずは入社前の採用面接の段階で、お互いの期待値をオープンに話せるようになることが重要でしょう。お互いに終身雇用や長期安定雇用という前提なのか。そうでない場合は、どのような関係を想定しているのか――こうしたことを明確にしておけば、退職時の関係はよりポジティブなものになるでしょう。
また、入社前に十分に話していても、その会社でのキャリアを通じてや、ライフイベントによってキャリアプランが変わることもありますが、入社後においてお互いの状況や考えが変わった場合はどうするのかを事前に協議できていれば、どのような関係がお互いにとって良いのかを建設的に議論することができるでしょう。
筆者の周りでは、退職をする前に、退職する会社と業務委託契約を締結し、自身が担当していた業務の一部を継続して行う人が多く存在します。会社側からすると、退職によって0%になってしまうよりも、業務委託で10%の仕事をしてもらえるだけでとても助かると考えています。また、個人側の視点でも、その会社で身につけた能力や経験を100%生かせる仕事があることで、過去のキャリアへの投資を有効活用できることになります。関係を開始する前から、お互いが「関係の終わり」を意識することで、信頼と理解が高まり、「辞め方」が変わります。