暗黙の了解、あ・うんの呼吸、空気を読む……の壁

 暗黙知を形式知化することの価値と方法を、「フレーム&ワークモジュール」メソドロジーから理解することができた。しかし、自分のノウハウや知見を出し惜しみする社員がどんな組織にも存在することもたしかだ。仕事で得た情報を自分一人で囲い込む者にその傾向が強いように思われるが……。

田原 今から20年ほど前のことですが、北陸の、とある企業のひとつの支店にとても優秀な営業パーソンが多くいらっしゃいました。彼・彼女たちの暗黙知を形式知化しようと、全員参加の研修の場で、私が「皆さんの素晴らしいノウハウを教えてください」と呼びかけたものの、誰一人として手を挙げませんでした。なぜでしょう? こうした場合、3つのケースが考えられます。ひとつは「自分の暗黙知に気づいていないから」、ひとつは「暗黙知の表現の方法がわからないから」、もうひとつは「暗黙知を教えたくない」からです。ひとつめとふたつめは、「フレーム&ワークモジュール」メソドロジーで解決できます。3つめのケースである「自分のノウハウや知見を他者に教えたくないから」――これは、組織で働く以上、あってはならないものです。海外では、自分の暗黙知を他者に共有する行動にインセンティブを与える企業もあります。暗黙知の形式知化は人材育成につながり、たった一人の暗黙知が100人の優秀な人材を育てる可能性もありますから、ノウハウや知見の出し惜しみはなくすべきであり、企業はそういう人を厚遇し、“知を共有する”組織やしくみを構築すべきでしょう。

 また、「うちの会社の仕事は難しいから、暗黙知の形式知化ができない」と諦めてしまう経営者や人事部担当者も少なくないようだ。

田原 日本では、約20年前に、ナレッジマネジメントが一世を風靡しましたが、暗黙知の形式知化がなかなか難しく、企業内に設立された知財室などがシュリンクしていきました。しかし、「フレーム&ワークモジュール」を活用すれば、誰にでも暗黙知の形式知化ができます。私が教授を拝命している、社会構想大学院大学の授業では、企業の人事・経営企画・IR・広報・営業担当に加え、教育機関・医療介護・芸能関係・士業・官僚・コンサルタント……など、さまざまな分野で活躍されている方々が学び合い、不可能と思われるようなケースの暗黙知の形式知化に取り組んでいます。

 暗黙の了解、あ・うんの呼吸、空気を読む――こうした、時に美徳とされる、日本人特有の姿勢や価値観が「暗黙知の形式知化」の壁になることもあるだろう。マニュアル的なものを嫌い、物事の均質性や画一化に反発する人もいる。

田原 日本人はハイコンテクストの文化の中で生活していますが、こと、ビジネスシーンにおいては、言葉や文字にしないとダメだと思います。「日本人の考えていることはわかりにくい」と嘆く外国人が多いですよね。「(日本企業は)コーポレートガバナンスにおいても情報開示されておらずわかりにくい。だから、投資判断がつかない」という声もあります。また、最近の若い人は、上司や先輩社員の背中で仕事を覚えるのではなく、テキストやマニュアルとともに、わかりやすいコミュニケーションで教えてもらうことが当り前だと思っています。「どうして教えてくれないの?」と、職場に不信感を覚えて離職する若手社員もいるでしょう。「フレーム&ワークモジュール」のメソドロジーにご賛同くださっているお医者さまが、「かつての医学生は、名医に付くインターンを希望していたけれど、最近は、指導やマニュアルなどの教育システムが完備されている医療機関を希望する」とおっしゃっていました。