一人ひとりの気づきやノウハウをみんなで共有する

 田原さんが代表を務める株式会社ベーシックは、企業内に分散する暗黙知の形式知化とともに組織開発・人材育成の「実践知教育型ナレッジマネジメント」を提唱している。いまの時代においては、すべての企業が、社員の知識やスキルの可視化を行うこと、そして、「ミドルシニア社員の暗黙知の形式知化が大切」だと、田原さんはメッセージする。

田原 ミドルシニア社員は、若手社員にはない、長年、現場実践で蓄積した暗黙知を持っています。また、思わぬ人材が、意外なノウハウを持っていることに気づきます。彼・彼女たちが、自らの暗黙知を形式知化して指導し、社内共有できれば、課題となっている人材育成も首尾よく進んでいくでしょう。

 また、日本の強みとして、おもてなしや気くばりといった暗黙知があります。これらも形式知化すれば、飲食店や宿泊施設で働く外国人も、きめ細やかな接客ができるようになるはずです。さらに、松下幸之助さんをはじめとした、日本の優れた経営者の暗黙知を形式知化し、それを次世代の経営者育成や、サクセッションプラン、企業の創業スピリットや組織カルチャー浸透などにも役立てることもできます。暗黙知を形式知化していくお約束を、元ソニーの出井さんと私はしていましたが、お亡くなりになってしまい、本当に残念です。

“暗黙知の形式知化”が、人材・組織・企業をぐんぐん育てて強くする

“ナレッジマネジメント”の概念をインターネットや書籍で調べ、そらんじることは誰にでも容易だろう。「我が社はナレッジマネジメントを行っている!」と胸を張る経営者も多いはずだ。しかし、「ナレッジマネジメントの本質と目的は?」という問いに的確に答えることはなかなか難しいように思う。

田原 2015年に海外で発表された論文によれば、「ナレッジマネジメント」には100通り以上の解釈があるようです。私は、「ナレッジマネジメント」を「社内にある“知”を組織で共有し、人材育成にも活用すること」と定義しています。そして、ナレッジマネジメントで最も大切なことは、暗黙知を形式知化するだけではなく、一人ひとりの気づきやノウハウをみんなで共有し、モチベーションの高い、強い組織を構築することです。

 そうした、ナレッジマネジメントの意義を社会に伝えつつ、田原さんは自分自身のパーパスを、「暗黙知を形式知化し、仕事の喜びと学ぶ喜びを世界中に伝えること」としている。

田原 ベテラン社員や優秀な人材は、息を吸って吐くように暗黙知を使っているので、普段は意識することなく、暗黙知があることすら気づいていないことも多いのですが、それはとてももったいないこと。あらゆる人の中に眠っている暗黙知を形式知化し、それを教育や事業に活用して、人材・組織・企業がぐんぐん育っていくことが私の何よりの喜びです。これからも、日本だけではなく、アジアやアフリカをはじめ、世界中で、暗黙知を形式知化する素晴らしさを伝えていきたいと思っています。

*当インタビューは、新型コロナウィルス感染症に対する万全な予防対策のうえに行われました。被写体は、撮影時のみマスクを外しています。