そんなポロックの新しい絵画だが、そもそも、絵の具を垂らす、というのはどういうことなのか。垂れる、何かが落下するのは、地球に重力があるからだ。そういう地球の重力の問題であるとともに、もう一つ、垂らして描くというのは、筆や手が画面に触れていないということだ。何かを描くには、筆でもペンでも、カンバスや紙といった画面に触れて、インクや絵の具を擦り付けることが必要だが、ポロックは、画面から離れて、しかし画面に絵を描く。つまり、大抵の絵画は、画面に触れるという触覚」によって生まれるものだが、ポロックの絵には、画面と、筆や画家の身体の間に距離がある。それを非・触覚の芸術といってもいい。

 だから、ポロックの絵には、筆やペンが画面に触れて描いたのではない、画面の手前に途中の空間、非・触覚、非・接触の空間があって、その空間は地球の重力が引っ張っている空間でもある。それを、絵画を壁に掛けることで、90度ねじって上と下の軸を歪めるようにした不思議な空間が、画面を眺めることで感じられてくる。そういう絵は、じつはカンバスの方向を変えることで抽象絵画を発見したカンディンスキーと通じるところはないか。現代アートの絵画には、どうやら地球の重力という制約から自由になろうとする、地球との格闘、という壮大な側面もある。

 ジャクソン・ポロックの絵を、そう見てくると、そもそもこの絵は星空の光景のようにも見える。これは地球的・宇宙的な絵であって、ピカソすら試みることのなかった、新しい絵画の誕生となったのだ。