人財戦略を大きく変えようとしているキリン
経営戦略と人財戦略を循環させる必要性

坪井純子 キリングループは今、全体の人財戦略を大きく変えようとしています。キリンといえばビールが祖業で、一般的にはビール会社と思われているかもしれませんが、40年ほど前に医薬へ参入しており、現在はヘルスサイエンスを急速に拡大しようとしています。

 そのため、薬からお酒まで幅広いポートフォリオで、かつビールや飲料などの既存事業においても、「成熟市場の中でどんなイノベーションを起こしていくのか」「事業をどうトランスフォームしていくのか」が課題となっています。

【キリン×三井化学×経産省】人材戦略を立てるだけでは意味がない、経営戦略とひもづけて「固定化した思考を崩す」方法坪井純子(つぼい・じゅんこ)
キリンホールディングス常務執行役員・人事総務戦略担当。1985年、キリンビール入社。技術系出身だがマーケティング・広報を長く経験し、2005年キリンビバレッジにて広報部長。10年、横浜赤レンガ代表取締役社長。12年、キリンホールディングスにてCSR推進部長兼コーポレートコミュニケーション部長などを経て、19年からキリンホールディングス常務執行役員(マーケティング・ブランド戦略担当)。22年から、人事総務戦略担当管掌。20年から、ファンケル社外取締役兼任

 つまり、今までの人財に求められていた要件が大きく変わっているのです。そこはまさに、経営戦略が変わる中で人財戦略も変えていくわけですが、その人財戦略を通じて、最終的に企業価値の向上へとつながっていかなければ意味がありません。

 経営戦略と人財戦略をどう捉えるのか、どんな経営をしたいか、それを担う人財がいるのか――? 例えば、ヘルスサイエンスの分野を開拓する上で、新しいイノベーションに必要な人財をどうすべきか。一方で、先の見えない世の中で、将来にわたり経営の選択肢を狭めず、むしろ広げて、さまざまな変化に対応できる人財をどう育てていくか。このように考えながら、経営戦略と人財戦略を循環させていく必要があるでしょう。

 当グループには古くから「人間性の尊重」という考えがあります。「企業と従業員」はイコール「パートナー」ですし、人には無限の可能性があります。その可能性を引き出していこうという考えです。人財戦略を大きく変えていくわけですが、この考えそのものは変えるつもりがなく、むしろブラッシュアップしていきます。

 当グループでは「人財が育ち、人財で競争優位になっていく会社になる」ことを目指し、人と組織をつなげながら、人と組織を強くしていくためのキーとして、「専門性」と「多様性」を掲げています。

 多様性という点において、グループ内でできるのは、例えばビール分野のエンジニアだった人が、ヘルスサイエンス分野の工場のエンジニアリングを経験することで、格段にエンジニアリングの専門性を高めるといったことです。まったく違う分野のエンジニアリングを経験することで、より専門性が磨かれる。これは実例と実績があります。薬からお酒まで多様なポートフォリオがあるからこそ、専門性を軸にしながら多様な経験を積めるわけです。

 従業員の「キャリアジャーニー」をベースに考えますと、当社が1年間で150人採用するうち、3分の1の50人はキャリア採用です。キャリアも含めて採用した人を、専門性を磨きながらフォアキャスト的に育てていく。

 一方で、経営のCxO(Chief x Officer)のサクセサー(継承者)のパイプラインを太くしてバックキャスト的に育てていく。あるいは、それを担うリーダーシップ、DE&I(ダイバーシティ、エクイティ&インクルージョン)、働きがいといった、組織開発の部分を全体で循環させながら、人財戦略を実行していこうというのが、今の考え方です。

 ダイバーシティといっても、多様なだけでは価値を生みません。当グループも割と長い間、ダイバーシティに取り組んできましたが、まだまだ障壁はあります。特に心理的安全性を担保することは重要だと思っています。

 当グループは長らく従業員エンゲージメントの調査をしてきましたが、その中で「心理的安全性のスコアが、エンゲージメントのスコアと連関が高い」というデータがあります。当社の心理的安全性のスコアは70%以上と高いのですが、それをさらに高めることが、エンゲージメントにより効くというわけです。