日本企業は「一線型の雇用」を脱却し
働き手との関係性が変わる節目にある

【キリン×三井化学×経産省】人材戦略を立てるだけでは意味がない、経営戦略とひもづけて「固定化した思考を崩す」方法萩谷惟史(はぎや・ただし)
経済産業省 経済産業政策局産業人材課総括補佐、兼、大臣官房未来人材室所属。2011年、経済産業省入省。水素エネルギー政策、IT政策、地域・中小企業政策、知財・競争政策などを担当後、留学を経て、現職

萩谷惟史 私からは、「人的資本経営」に関する日本の現状についてお話しさせていただければと思います。

 経済産業省では企業とコミュニケーションを取りながら、「人的資本経営」をどう実装していくのかといった議論を進めています。

 背景からお話ししますと、まず、日本では「企業は人に投資せず、個人も学ばない」という状況です。学習院大学の宮川努教授が分析された「人材投資の国際比較データ」によれば、「欧米と比べると日本は相対的に人材投資の額が低く、なおかつ減少傾向にある」という結果が出ています。

 また、パーソル総合研究所のデータによれば、個人の視点で国際比較すると「日本は社外学習や自己啓発を行っていない人の割合が極めて高い」という結果もあります。

「人材競争力ランキング」というものがあり、一概にこれをそのまま参考にするのは適切ではないかもしれませんが、少なくとも日本ではランキングが下がっている。マクロ的に見ても、ここはしっかり底上げしていかなければなりません。

 投資家は、中長期的な企業価値向上という観点で、人材投資を非常に重視している一方で、企業側の認識とは少しギャップがあります。また、日本企業へのアンケート結果によれば、企業が感じている人材マネジメントの最大の課題は「人事戦略と経営戦略がひもづいていないこと」でした。

 その裏で、日本企業の従業員エンゲージメントは国際的に見てもかなり低い。「企業自身にコミットして、一定の幸福を感じているか」、あるいは「会社へのエンゲージメントを感じているか」といった観点で見ると、なかなか難しい課題が浮き彫りになっています。

 そのため、経産省としても、人的資本経営というコンセプトで広く日本企業に取り組みを進めていただこうという観点で取り組んでいます。人材を「資本」として捉え、その価値を最大限に引き出すことで中長期的な企業価値の向上につなげる。そんな人的資本経営を実現するためには、まさに「経営戦略と連動して人材戦略をどう実現するか」が第一に重要です。

4名

 併せて、企業にこうした情報を可視化して投資家に伝えていっていただく必要もあります。そのため、経産省が公表した「人材版伊藤レポート2.0」や内閣官房が公表した「人的資本可視化指針」などでは、企業がどのように取り組みを進め、情報をどう開示していけばいいのか、具体的にガイドするかたちで提示してます。

 人的資本経営を通じて、「働き手」と「組織」の関係性というものは、今後大きく変わっていくことが想定されます。実際、すでに変わりつつあると理解しています。

 日本型雇用という慣行の下で、入り口が新卒一括採用で限定されており、社内のローテーションの中で回っていきながら、定年退職まで勤め上げる。こういう典型的な一線型の企業と働き手の関係性は、「同質性」、「モノカルチャー」、「閉鎖的」といった言葉で形容できるかもしれません。

 これを、外からの出入りもある程度、オープンにしていくことが必要ですし、入り口も新卒一括採用だけではなく、例えば中途採用や外国人、女性を含めた多様な方々に入っていただくことも重要です。兼業・副業というかたちで、少し外に出ていくこともあるかもしれません。多様性の中で、企業と働き手が選び、選ばれる関係性となっていく。こうした方向で変化していくことが必要だと思います。

 人材版伊藤レポート2.0では、人材戦略に求められる「経営戦略と連動しているか」「目指すべきビジネスモデルや経営戦略と現時点での人材や人材戦略との間のギャップを把握できているか」「人材戦略が実行されるプロセスの中で、組織や個人の行動変容を促し、企業文化として定着しているか」という三つの視点と、「動的な人材ポートフォリオ」「知・経験のダイバーシティ&インクルージョン(D&I)」「リスキル・学び直し」「従業員エンゲージメント」「時間や場所にとらわれない働き方」という五つの要素が挙げられています。その上で、それぞれにひもづく具体的なアクションとしてどういうものがありうるのか。それを個別に示しています。

 個々の企業の実情を捉えて、この中から選択的にチョイスしていただき、具体的に必要なものを実行していただく。ある種、アイデアの引き出しとしてご活用いただければと思います。