三井化学が最優先すべき課題は
「人材ポートフォリオ」の構築

小野真吾 われわれが人的資本経営の中で重要視しているのは、「経営戦略と連動した人材戦略」と「優先課題を定めること」です。加えて、「人的資本の開示」を意識した取り組みもしています。

 創業以来110年の歴史の中で、さまざまな三井系の化学企業が合併しながら、約25年前に現在の三井化学グループが出来ました。

 ここ10年ほどの人員の推移を見てみると、2009年対比で、グループ従業員が特に海外で増えました。その背景には、企業買収などを繰り返しながら事業ポートフォリオを変えてきたことがあります。

 その中で、さまざまな価値観を持つ会社が集まり、「チャレンジ」「ダイバーシティ」「ワンチーム」というコンセプトの下で、コングロマリット経営をしています。

 主な事業ポートフォリオとして、「ライフ&ヘルスケア・ソリューション」「モビリティソリューション」「ICTソリューション」「ベーシック&グリーンマテリアルズ」の四つの領域があり、いずれも「社会課題をいかに解決するか」という観点から事業を進めています。

 21年度に、「VISION 2030」という長期経営計画を策定する中で、当グループの存在意義である社会課題の解決に立ち返り、改めて目指すべき企業グループ像を再定義した上で、それに資する「5つの基本戦略」を定めました。

 社会課題の視点をすべてのビジネスに入れて、素材提供型のビジネスだけでなく、ソリューションも提供し、循環型経済に資するような進化・変革をしていくのが目的です。

 そこには、「デジタルトランスフォーメーション」なども非常に重要なファクターとして入ってきます。ビジネスモデル自体の変革が求められている中、マテリアリティーもきちんと定めながら、非財務についても、より具体的な指標を持ち、会社が正しい方向に行っているかどうかを、財務・非財務の両面から見ていく。それを経営として進めています。

 われわれ人事も、経営戦略の変化を素早く捉えて、人材戦略に組み込む必要があります。重要なのは、戦略を作り、かつ実効性がある状態にすることです。

【キリン×三井化学×経産省】人材戦略を立てるだけでは意味がない、経営戦略とひもづけて「固定化した思考を崩す」方法小野真吾(おの・しんご)
三井化学グローバル人材部部長。三井化学にて、ICT関連事業の海外営業や、マーケティングおよびプロダクトマネジャーを経験後、人事に異動。組合対応、採用責任者、国内外M&A人事責任者、HRBPを経験後、人材戦略、キータレントマネジメント、後継者計画、グローバル人事システム導入、グローバルポリシー推進、HRトランスフォーメーションなどに従事。2021年4月から、グローバル人材部長に就任。グローバルレベルでHR機能の強化および指名・役員報酬制度、企業文化変革にも着手中

「人の三井」とよくいわれますが、個の力を重視して自立、共働しながら、挑戦し続ける組織に変革する、という目標が根底にあります。

 向こう10年の戦略に基づいた優先課題が三つあります。(1)ビジネスモデルを大きく変えるための人材の確保、育成、リテンション。(2)人材のエンゲージメントを高めること。特にグループ企業を経営している中で、グローバルレベルでエンゲージメントを高めて企業文化を作り上げていくことが重要です。(3)人事ガバナンスを整え、人的資本をグローバルレベルで社内外に発信できるようにすること。この三つです。

(1)については、ポートフォリオの変革には、人材を外部からも確保する必要があるため、積極的に中途採用をしています。成長事業に対して外部の知見を取り入れるだけではなく、彼らが活躍できるような土壌が必要です。それには多様性があるだけではダメで、多様性を包容する文化がなければなりません。

 また、中途採用を含めて、経営者候補にどの程度の割合、多様性のある人が入ってくるかを指標として見ています。役員の多様性も指標化しており、役員層における価値創造の能力のさらなる強化を狙っています。

(2)について、従業員エンゲージメントが企業の業績に長期的に影響を与えるという相関関係があります。エンゲージメントを強化する方策として、「服装の自由化」「副業要領の制定」「テレワーク拡大」など新しい働き方に取り組み、「公募拡充」で自律的なキャリアを推進するといったことも打ち出しています。

(3)については、今後の成長戦略の中で、オーガニック、インオーガニックを問わず、さまざまな企業グループ群が当社グループに入ってくることを想定して、「人材ポートフォリオ」をしっかり把握できるプラットフォームを構築することが、まずは重要です。
 
 そこで、「ワークデイ」という人事プラットフォームシステムをグローバルで統合するプロジェクトを進めており、23年2月に稼働する予定です。これにより、ポジションに適した人材ポートフォリオを構築し、グローバル従業員の自律的キャリア形成の促進を支援して、グローバルレベルで人的資本の情報開示を強化、その価値をステークホルダーと話せるようにしたいと考えています。

 それには社内外での対話が必要です。短期的、中期的な課題や、戦略的な対話、開示戦術というメッシュに分けて、事業戦略や経営戦略と連動した人的資本の情報開示を「ストーリー」で語るということ。また、今後、よりグローバル化の比重が高まってきますので、そのあたりをどうデータを取得して、人材価値を最大化するか。こういったことに取り組んでいます。

■【前編】人材戦略を立てるだけでは意味がない、経営戦略とひもづけて「固定化した思考を崩す」方法

https://diamond.jp/articles/-/314616

■【中編】経営問題の終着点は「人材」、変革できる企業になるためのプロセスとは?

https://diamond.jp/articles/-/314619

■【後編】人的資本経営の課題は「ジョブローテーション」と「自律的なキャリアパス」の両立

https://diamond.jp/articles/-/314623