環境が左右する、障がいのある卒業生たちの幸福

 前述したように、私は、附属の特別支援学校でも、校長として、卒業生となる児童生徒たちを送り出す。卒業式では、私も成長を見守ってきた障がいのある児童生徒たちに向けて、心に届く言葉を贈りたいと思う。特に高等部を卒業して社会に出ていく子どもたちには、卒業後の生活の糧になるような言葉を贈りたいと思う。けれども、そう思えば思うほど、私は迷路に迷い込んでいく。

 障がいのある卒業生たちの幸福は、周囲の環境に大きく左右される。家庭状況の変化が与える影響は甚大だ。多くの場合、職場の人間関係にも脆弱だし、支援者の人柄や力量ひとつで生活の質が大きく変化する。環境の変化に対する脆弱性こそが、障がいのある卒業生たちの特徴だともいえる。どのような環境に身を置くとしても、自分の幸福追求のためにその環境を変えていくことができるほどの力をもってほしいと願うが、現実は甘くない。

 今年の卒業生の話ではないが、例えば、卒業後に入所施設で暮らすことを余儀なくされ、音信が途絶える卒業生がいる。在学中は快活で、学校生活を楽しく送っていた子どもが、それまでの社会関係を断ち切らなければならない状況に直面し、なすすべもない。せめて、入所先で周囲の人たちに大切にされ、快活さを失わないで生活していってほしいと思う。

「エンパワメント」という言葉がある。直訳すると「パワー(権限)を与えること」という意味になるが、教育や社会福祉や政治などの領域で、力を奪われた人たちがその力を取り戻していく過程を表す言葉として使われている。環境に大きく左右され、自分で生き方を決めることが許されない卒業生や、入所施設での生活を余儀なくされる卒業生に必要なのは、「エンパワメント」なのだと思う。「エンパワメント」は、入所施設で周囲の人たちに大切にされ、快活に生活するということだけにとどまらない。自分で生き方を決め、自分の幸福を追求するために行動することができる力を取り戻していくということだ。それは卒業生個人だけでできることではない。

 卒業式の式辞では、ひとまず「幸福な人生を歩んでほしい」というメッセージを伝える。しかし、その言葉はすぐに私自身に跳ね返ってくる。呑気に「幸福な人生を歩んでね」と送り出す気持ちにはなれない自分がいる。そこで私は、卒業生のために歌を作り、卒業式で式辞の代わりにその歌で思いを伝えることにしている。昨年の小学部と中学部の卒業式では、ボサノバ調の曲に乗せて、卒業生たちにメッセージを伝えた。

あなたの人生よ、かがやけ
詞・曲 津田英二
1
草木が芽吹くこの春に あなたが卒業するのは
決して偶然ではない
この学校での学びから あなた自身の物語が
芽吹き輝くのです
あなたが思うより深く あなたを愛した先生たちに代わり
人の笑顔をつなぐあなたに ささやかなうたを贈ります

2
ウクライナの空が燃える日に 人生の区切りの日を迎え
あなたは一歩おとなに近づく
ますますいきづまる世界を 残していく僕たちを
乗り越えていってほしい
あなたを大切に育ててくれた たくさんの人たちに代わり
人の希望をつなぐあなたに ささやかな愛を贈ります

3
あなたの物語を 誰かに委ねてはいけない
あなたの人生を歩んでほしい
そして大切にしている 小さな愛と笑顔とで
世界を満たしていこう
あなたがこれから出会う たくさんの素敵な人たちに代わり
人の未来をつなぐあなたに ささやかな夢を贈ります
あなたが思うより深く あなたを愛した先生たちに代わり
人の笑顔をつなぐあなたに ささやかな愛を贈ります