キャンプ直前の多忙な時期に
栗山監督自ら「感謝」の手紙

 そしてあるとき、栗山氏が稲盛氏の経営哲学を敬愛していると知り、新著を献本したところ、後日、直筆で感謝を綴った手紙が大田氏の元に届いた。両氏の承諾の下、栗山氏が大田氏へ送った手紙を特別に公開したい。以下が、その文面と写真である。

拝啓
北海道は真っ白な雪で覆われています。寒い日が続きますが、ご健勝のことと存じます。
この度は本当にありがとうございました。
実はすでに読ませて頂いておりました。
実際に現場で、どう思いどう言葉をかけておられたのか。

多くの言葉をノートに記させて頂きました。
本当に生きた学びとなりました。
一人でも多くにこの学びをしっかりと伝えていきたいと思います。
そして三月の世界大会にも必ずや
活かして参ります。
本当にありがとうございました。
まだまだ寒い日が続きます。

どうかお身体だけはご自愛下さい。
これからもどうかご指導よろしくお願いいたします
敬具
令和五年一月二十九日
栗山英樹
大田嘉仁様

 手紙の末尾には、1月29日付とあるが、これは21年12月の侍ジャパン監督就任後、選手選考などを経て23年2月に行った代表チームのキャンプ直前というタイミング。そんな多忙の合間を縫ってでも余りあるほどの感謝の気持ちが溢れ、自ら毛筆で手紙をしたためたというわけだ。

「実際に現場で、どう思いどう言葉をかけておられたのか」が「生きた学びになった」と綴った栗山氏の手紙からは、野球日本代表の監督というスポーツ界最高レベルのリーダーとして、実務的な次元からも、稲盛氏の側近として大田氏自身が立ち会った数々の逸話が大いに役立ったことが示されている。

 栗山氏が「三月の世界大会(編集部注:WBCのこと)にも必ずや活かして参ります」と綴り、実際にWBC優勝にまで至ったことを「非常にうれしく思っている」と大田氏。稲盛哲学が、WBC優勝に一役買ったのは、まごうことなき真実というわけだ。

 なお大田氏は、トレーニング機器「シックスパッド」を展開するMTGで取締役会長を務めるなど、現役の経営者でもある。そして、長年学んできた稲盛哲学を具現化すべく、VISAのタッチ決済に対応したプリペイド式の指輪型ウエアラブル端末「EVERING(エブリング)」の開発・販売に乗り出すなど新たな挑戦も試みている。

 余談だが、記者が大田氏と2月末、初めて会う機会に恵まれたのは大学の恩師からの紹介によるもの。稲盛氏は生前「感謝」の心をベースに生きる大切さを説き、栗山氏も触発されてきたわけだが、記者も甲子園がある兵庫県西宮市内の中高野球部時代、両親や野球ができる環境など、あらゆることに対して感謝の念を持つよう叩き込まれて育った。

 感謝とご縁が人生を豊かにする――。今年半ばに四捨五入でアラフォーを迎えるも「不惑」には程遠い私自身、栗山氏と大田氏を巡る奇譚から、そんな摂理を改めて思い知る機会となったのである。