工務店さんの凄いところは、何がどうなるとおもしろくなるか、目的と意図を持っているところ。与えられたテーマで、笑いにするならこう、というロジックを示せる人。だから頼りになる。

 オークラさんは「吠え魂」のサブ作家だった。サブ作家は生放送の場合、メール出しが主な仕事。当時のTBSラジオのスタジオはディレクター卓のすぐ隣にメールを出すパソコンがあったので、毎週、一番近くで仕事をしていた。

 当時からオークラさんの書くコーナー案やそのネタ案は抜群におもしろかった。「バナナムーン」や「メガネびいき」のリスナーは知っていると思うけど、才能が秀でてる反面、ルーズなところもある。

 締め切りはだいたいギリギリか遅れる。“てにをは”がガチャガチャしてる。今はやめたけど、タバコのフィルター部分をベッチャベチャにして吸う。

 オークラさんのすごいところは、発想。そして作るものに共感できて、かつブレない目線がしっかりある。視点も、その視点から生まれた物語も、まるごとおもしろくなるっていう手品師のような才能。本当にすごい。

オールナイトニッポンからJUNKへ電撃移籍した盟友

 宗岡芳樹君と初めて会ったのは、「オードリーのオールナイトニッポン」と「山里亮太の不毛な議論」で“たりないふたりコラボ”をしたときだ。その後、ニッポン放送・文化放送・TBSラジオの三局で行う年に一度の会合で再会した。

 当時、宗岡君はオールナイトニッポンのチーフディレクター、僕はJUNKのプロデューサー(なりたて)。肩書の名称は違うけど役割は同じ。オールナイトニッポンの統括とJUNKの統括。「バチバチになったりするのか?」なんて想像は一瞬で吹き飛ぶほど馬が合った。同じクラスだったら絶対仲良くなっていた。

 もともと僕は「ナインティナインのオールナイトニッポン」リスナーだったので、「ヨシキさん」と呼ばれ二人から信頼されている様子をラジオを通して窺い知ることができていた。あと同業者として話を切るタイミングが秀逸だな、悔しいな、とも思っていた。尊敬とライバル心はあった。

 数カ月に一度、飲みに行くようになり、仕事上でぶつかる壁、悩むポイント、業界に思うこと、いろんな面で分かち合うことができた。次第になんでも話す仲になり、形式上はライバルなんだけど、僕は一方的に大切な友人として宗岡君を見るようになっていた。