企業理念は「ごまかし」が利かない領域

中川 KPIゲームと違って、パーパスゲームは非常に総合的で、今のところ「変なハック」がほとんど通用しないんですよね。今後、このゲームが進化し、一般的なものになればハックする方法が出てくる可能性もありますけれど。たとえば地球環境配慮に関して、しっかりと取り組んでいる企業を認証する制度ができましたが、その認証を取得すれば上場前でも株価が上がるので、認証取得ハックといえるものが出てきていると聞きますよね。

佐宗 そうですね。でも、ビジョンやパーパスに向かってどれだけ愚直にやっているかは、言葉で飾ったり数字を見せたりしても意味はありません。長年の行動でしか伝わらないことだからハックはしづらいし、今のところはこのゲームが広がることに意味がありますよね。

 とはいえ、僕も理想論だけを語るつもりはありません。人や組織はある程度インセンティブで動かざるを得ないところがあると思うんです。しかも、そのインセンティブがマーケット全体の行動を規定してしまう面もあります。

 ただ、「ロマンとそろばん」という言葉があるように、人々が追い求める物語と経済的な数字の確保は両立しうると思います。経済的な面のみを重視する、資本主義的なKPIゲームに100%合わせた人事評価や経営判断をしてしまえば、ロマンは追い求められなくなりますが、それだけにせず、組織の経営のなかにどれだけロマンを持ち込めるかが鍵ですよね。

中川 佐宗さんの現実的な感覚は『理念経営2.0』からも伝わってきて、それがとても好印象でした。中川政七商店はNPOではなく株式会社です。いくら「日本の工芸を元気にする!」というビジョンを掲げていても、利益は出さなければいけない。

 でも僕は「ビジョンと利益でどちらかを優先させるか考えるとしたら『51:49』でビジョンを勝たせなければいけない」という話をよくしています。その微妙な匙加減が必要ですよね。ビジョンのほうが大事なんです。ビジョンを達成するための手段としてビジネスがある。この順で考えないと、おかしなことになりますね。

【中川政七商店・中川政七さん】「どこかピンとこない企業理念」には何が足りないのか?
佐宗邦威(さそう・くにたけ)

株式会社BIOTOPE代表/チーフ・ストラテジック・デザイナー/多摩美術大学 特任准教授

東京大学法学部卒業、イリノイ工科大学デザイン研究科(Master of Design Methods)修了。P&Gマーケティング部で「ファブリーズ」「レノア」などのヒット商品を担当後、「ジレット」のブランドマネージャーを務める。その後、ソニーに入社。同クリエイティブセンターにて全社の新規事業創出プログラム立ち上げなどに携わる。ソニー退社後、戦略デザインファーム「BIOTOPE」を創業。山本山、ソニー、パナソニック、オムロン、NHKエデュケーショナル、クックパッド、NTTドコモ、東急電鉄、日本サッカー協会、KINTO、ALE、クロスフィールズ、白馬村など、バラエティ豊かな企業・組織のイノベーションおよびブランディングの支援を行うほか、各社の企業理念の策定および実装に向けたプロジェクトについても実績多数。著書に最新刊『理念経営2.0』のほか、『直感と論理をつなぐ思考法 VISION DRIVEN』(いずれも、ダイヤモンド社)などがある。