300年以上の歴史を誇る中川政七商店は、工芸をベースにした生活雑貨の企画・製造・販売を手がけると同時に、企業や地域などのコンサルティング事業も展開する会社。「日本の工芸を元気にする!」というビジョンを掲げ、同社のブランドを継承・発展させてきた中川政七さんが絶賛しているのが『理念経営2.0』という書籍だ。
長年にわたり理念経営を実践してきた中川政七さんと、同書の著者であり企業の理念策定・実装を支援する佐宗邦威さんのお二人に理念経営の必要性やそれがもたらす価値を語ってもらった(第3回/全3回 構成:フェリックス清香)。

【中川政七商店・中川政七さん】迷わず下方修正できる社長、できない社長…その発想の違いとは?

「いったん収支を度外視する」というステップ

佐宗邦威(以下、佐宗) 中川政七商店は工芸品を販売する主力事業だけでなく、コミュニティをつくったりしながら日本の工芸の担い手たちをサポートする活動も展開されていますよね。あの活動の背景にはどういう判断があるのですか?

中川政七(以下、中川) まさにそこには、佐宗さんの『理念経営2.0』に唯一入っていなかった、僕なりの考え方があります。僕はビジョンから逆算して戦略を立てているのですが、そこに「いったん収支を度外視する」というステップを入れているのです。

「日本の工芸を元気にする!」というビジョン達成のためには何をやるべきかと考える中で、工芸を手がけるメーカーの経営を自分たちが手伝えばいいのではないかという発想が出てきました。さらに考えた末、彼らのコンサルティングをやると同時に、小売店向けの卸販売の場(「大日本市」)をつくり、流通や販路開拓までを一体化させたコミュニティをつくったわけです。

 ただ、これだけだと正直儲かりません。収支を度外視した発想ですから、このままでは単なる慈善事業になってしまう。これをいかにしてビジネスとして成立させるかを考える必要があります。そこで考えるべきなのは、僕らは厳密にはファブレス(工場を持たない)のメーカーだということです。今後、ものをつくる人たちが激減していく中で、ものづくりができる人たちとのつながりは圧倒的強みになりますから。

【中川政七商店・中川政七さん】迷わず下方修正できる社長、できない社長…その発想の違いとは?

佐宗 そこまで考えていらっしゃるのですね。

中川 戦略を考えるとき、通常であれば「どうやって利益を出すか」というところから思考をスタートします。しかし、ビジョンを持っていったん収支を度外視すると、まったく違う立ち位置から思考をスタートさせることができ、非常にユニークで競争力のある戦略が生み出せる可能性があるんですよね。ですから、それが評価されて「ポーター賞」(編集部注:独自性のある優れた戦略を実践している企業を表彰する賞)を受賞したときはうれしかったです。

佐宗 おもしろいですね! しかし、一般的な企業だとそもそも「どう儲けるか」の点で解像度が低いことが多いです。そうなるとなかなかリソースが割けず、事業が前に進まなくなりますよね。最初は採算度外視でいいとしても、ビジネスとして成立するまでどれくらい待ってみようと思っていましたか?

中川 妄想レベルのものがうまくいくかは、1件目にかかっていると思っていました。最初の案件が決まったものの、会社の状況として大きなリソースは割けなかったので、僕が単身で乗り込んでコンサルを行ったんです。これが爆発的にうまくいったので、踏み込んでいけました。感覚としては「ビジョンの達成にはこれが必要だ」というよりも「うまくいかせるしかない」という感じでしたね。それができなかったら、ビジョンの看板を下ろさなければならないと思っていました。

【中川政七商店・中川政七さん】迷わず下方修正できる社長、できない社長…その発想の違いとは?
中川 政七(なかがわ・まさしち)
株式会社中川政七商店 代表取締役会長。
1974年生まれ。京都大学法学部卒業後、2000年富士通株式会社入社。2002年に株式会社中川政七商店に入社し、2008年に十三代社長に就任、2018年より会長を務める。業界初の工芸をベースにしたSPA業態を確立し、「日本の工芸を元気にする!」というビジョンのもと、業界特化型の経営コンサルティング事業を開始。現在は学生経営×地方創生プロジェクト「アナザー・ジャパン」や志あるブランドを世の中に届ける共同体「PARaDE」を発足。「カンブリア宮殿」「SWITCH」などテレビ出演のほか、経営者・デザイナー向けのセミナーや講演歴も多数。著書に『奈良の小さな会社が表参道ヒルズに店を出すまでの道のり。』『経営とデザインの幸せな関係』『日本の工芸を元気にする!』など多数。最新刊『中川政七商店が18人の学生と挑んだ「志」ある商売のはじめかた』。