ビジョンを生み出す「WILL/CAN/NEED」という枠組み
佐宗 中川さんは2007年ごろからビジョンを持って経営を行っているとのことでしたが、その当時の世の中ではミッション・ビジョン・バリューはそれほど注目されていませんでしたよね。方法論もないなかで、どうやってビジョンを作ったのですか?
中川 今でも方法論としてまとまっている本は『理念経営2.0』くらいしかないのではないでしょうか。当時、ジェームズ・C・コリンズ『ビジョナリー・カンパニー──時代を超える生存の原則』は僕も読んでいましたが、それ以外にはまとまったものはなかったんです。
うちは古い会社なので、社是や家訓などはないのだろうかと父親に聞いてみたのですが、「ない。そんなもん作っても儲からんぞ」と言われました(笑)。そうかもしれないけれど、モチベーションのためにはほしいなぁと、大企業のビジョンを集めた本を見つけてペラペラめくってみました。すると、全部いいことが書いてあるのに、「ピンとくるもの」と「こないもの」があるのに気づいたんです。
その違いは、「会社がやっていること」と「掲げているビジョン」がつながって見えるかどうかというところにありました。良いビジョンに思えても、その会社の事業とのつながりが見えないものは、どうしてもピンとこない。
それに気づいて、「自分たちに置き換えた場合にはどうなるだろう?」と2、3年考えました。ただ、それがなかなか難しかったんですよね。いくら言葉を作っても、なかなか腹落ちしなかったんです。ようやく2007年に今のビジョンにつながる「日本の伝統工芸にたずさわるメーカー・小売店を元気にする!」という言葉に辿り着きました。
佐宗 そんなに長い時間をかけられたんですね。その言葉がしっくりきたのはなぜだったんでしょう?
中川 『理念経営2.0』にも「WILL/CAN/NEED」という3つの観点から企業理念を絞り込んでいく方法が書かれていましたよね。僕らは「WILL/CAN/MUST」という言い方でしたが、同じことを考えていました。
自分たちができること、やってきたことは「工芸を立て直す」ということ。長期的に、今後工芸が生き残っていくためのエコシステムをつくるということであれば、僕らにできると思ったんです。また、気候風土に根差したものがなくなってしまうのは寂しい、日本の工芸はあったほうがいい、というWILLもありました。
佐宗 本には、「私たちが心からワクワクする事業や活動は何だろう?(WILLの問い)」「自分たちだからこそできている事業や活動は何だろう?(CANの問い)」「私たちは誰のどんなニーズに答えた事業や活動をしているだろう?(NEEDの問い)」の3つを考えてみようと書きましたが、その部分のことですね。
ここ2~3年、「企業理念を作りたい、作り直したい」という企業からのお声がけが多いのですが、その会社のやってきたことや実態と、将来の理想のつながりが見えて、物語としてイメージできるようにならないと、理念は「生きたもの」にならないですよね。
(次回に続く)