人事担当者は「就業規則」をどう活用するべきか?

 しっかり作られた「就業規則」は、人事担当者がさまざまな場面で活用できると、下田さんは実例をもとに解説する。

下田 おススメなのが、新卒社員や経験者採用のツールとして使うことです。応募者に「就業規則」を読み込んでもらい、「どこがいちばん心に響いたか、気になったところはどこか」を聞くのです。応募者には自社への理解を深めてもらうことができますし、会社としても、応募者と自社との価値観のずれなどを確認できます。

 一方、社内での人数の割合は少ないとはいえ、“問題のある社員”との「就業規則」に基づく向き合い方はどうすればよいのだろうか?

下田 もちろん、社内で起こった労務関係の問題処理は「就業規則」がベースになります。ただ、杓子定規に適用すればよいというわけではありません。

 私が関わった、ある会社のケースを紹介します。問題行動があって管理職から降格した社員がいたのですが、その後も行動が改善されないばかりか、本人に指摘しても「他の社員も同じじゃないか!」「会社にも問題があるじゃないか!」と「就業規則」を盾に取って反論してくるのです。あるとき、私も面談に同席し、本人と人事担当者とのやり取りを黙って聞いているうち、「この人は大変だろうな……」と思いました。社内に気の許せる仲間がなく、孤立している状況が透けて見えたのです。面談の終わりに、私は本人に尋ねました――「いろいろとお話を聞いて、あなたの言っていることが正しいかどうかの判断はつきませんが、職場で働いていて、辛くないですか?」と。すると、それまで滔々(とうとう)としゃべっていたのに黙ってしまい、最後に「辛いです」と、絞り出すように言ったのです。その日はそれで終わったのですが、数日後に、本人から「みんなに迷惑をかけたことを謝りたい。退職します」という申し出があったそうです。

 社員のどんな行動にも、何らかの理由があります。会社側がそれを受け容れられるかどうかは別として、本人の立場に立って、その理由を考えていけば自ずと対応策も見えてくるでしょう。

 この社員の場合、管理職のときに会社のためにいろいろ努力したのに評価されなかったことが根底にあり、「自分は、会社のためにあれだけやったのに……」という負の感情が募り、そのような行動につながったようです。

 一昔前は、働き方に正解のパターンがあって、社員が会社の望む行動をすれば、会社の数字に一定の成果が出ました。しかし、時代は変わり、いまや会社の「人的資本経営」として、社員に対する「心のマネジメント」が欠かせなくなっています。多くの組織が、上司と部下の1on1ミーティングを行っていますが、そうした場面でも、上司は部下の心や感情の変化に気を配っていただきたいです。行動は考え方と感情によって変わります。社員の心をどうマネジメントするかが、これからの会社にとって重要になることは間違いありません。