「自分にとっての普通」「自分らしい普通」を探す学生

 今年(2023年度)の大学4年生は、まさにコロナ世代といえる。入学式が新型コロナ感染拡大のために中止となり、半分以上の授業をオンラインで受講してきた世代である。その分、自分と向き合う時間が長く、「自分にとっての普通」「自分らしい普通」について考える時間が多かった世代ともいえるかもしれない。

 私たちのキャンパスに「飛田鞠」というペンネームで活動している学生がいる。2020~2021年度にオンライン授業での画面越しによく質問をしてくれたので、私の記憶に強く残っていた学生である。飛田さんはその後一年かけて世界一周旅行をしてきたため、今年になって初めて対面授業で出会い直すことができ、この3年間に体験した興味深いできごとについて熱く語ってくれた。

 飛田さんはクラウドファンディングを利用して、『あたりまえ?』と題した絵本を出版した。この絵本の出版をめぐるエピソードには、コロナ世代の学生が「自分らしい普通」を模索し、力強く学生時代を生きたストーリーに満ちている。

 高校卒業後、飛田さんは浪人して予備校に通った。がむしゃらに受験勉強をして成果が上がっていくのが楽しかった時期もあったという。けれども、一緒に予備校に通っていた仲間の心身の調子が崩れたのをきっかけに、飛田さん自身も心のバランスを失った。予備校に通うことも、机に向かうこともできなくなり、家族との満たされた関係も壊れていった。「あたりまえ」にあったものをすべて失ったように感じて、ある時は泣きながら家から飛び出して車に轢かれそうになったところを警察官に危うく助けてもらったこともあった。

 それでも、ダメ元でなんとか受験した神戸大学に、幸い合格することができた。両親は手放しで喜んでくれた。家族との関係が元に戻ると同時に、心のバランスも取り戻していった。

 そして、入学と同時の新型コロナ。入学式も中止となり、授業もすべてオンラインとなった。オンライン授業などを通して新しくできた友だちの多くが、通えるはずだったキャンパスに立ち入ることもできず、心を少しずつ病んでいく様子を感じた。その一方で、飛田さんは、高校までの「自由のない縛られた学び」からの解放感を満喫し、大学での自由な学びに喜びを感じ始めていた。辛かった日々はすでに過去のものになっていた。

 飛田さんは、コロナ禍が多くの人から「あたりまえ」を奪っている様子に、予備校時代に経験した「あたりまえ」が目の前から消えた自分自身の経験を重ねた。大学に入学して、「『あたりまえ』って何だろう?」という視点で世界を眺めると、たくさんの気づきがあり、世界がどんどん広がっていった。行動制限が緩和されると、ボランティア活動にも出掛けるようになり、「あたりまえ?」の問いがさらに膨らんだ。そして、その問いを絵本として描き出すことにしたのだ。そうしてできたのが、絵本『あたりまえ?』である。周囲の人たちの勧めもあって、この絵本をクラウドファンディングを利用して出版することにした。

 さらに飛田さんは、絵本づくりに至った経験をテーマに、若者たちの旅を応援する「世界一周の夢を叶えるコンテストDREAM」に応募したところ、最優秀賞を獲得した。昨年(2022年度)一年間は休学して世界各地をまわり、今年(2023年)春に復学した飛田さんに、私は対面授業でようやく出会い直すことができた。

 クラウドファンディングで多くの人の共感を得た絵本『あたりまえ?』を、飛田さんは地元や神戸市の小学校や図書館にも寄贈した。すると、いくつかの小学校から講演依頼が舞い込むようになった。現在は、「自分から動けば、新しい世界が開けていく」ことをテーマに、小学校での講演をしながら、生き生きとした笑顔を見せてくれている。