なぜこのタイミングで?
背景にいた「時代を見極める人物」
私が直感したのは、「このスキャンダルに大きな価値があると判断できる人間は誰なのか」ということでした。これは、週刊誌記者が第一に考えることでもあります。
本来は大きな話題になるはずもない情報を、この時期にあえて仕込んだニュースソースの背後には、時代・時期を見極める能力のある人物がいたのではないか、という疑問です。
この時期、ジャニーズの性加害問題で世間は揺れに揺れていました。ジャニーズ事件がBBCによって大きく報じられ、これまで問題を直視してこなかったメディアに世間の厳しい視線が向けられました。それは、セクハラとは単に個人の犯罪ではなく、その個人が所属する団体・会社・組織が、個人の言動を許してきたことも犯罪になるという事実(メディアやサラリーマンにとっては常識ですが)を、一般の人々も知ってしまったことが理由です。
歌舞伎界にも昔からあったであろうセクハラ・パワハラが、この時期から歌舞伎界全体の問題として責任者の処分につながりかねないことが、認識され始めた時期だったのです。
当然ながら、週刊誌の取材を受けたとき、猿之助も「組織の責任まで自分で背負わねばならない記事が出る」と覚悟したはずです。その覚悟がなかったら、いや、セクハラと組織についての問題意識がなかったら、一家があそこまで追い込まれることはなかったでしょう。
実は、「猿之助」は大活躍していたものの、その地位は危ういものでした。
私はかつて、月刊『文藝春秋』編集長のとき、ノンフィクションライターの石井妙子さん(『女帝・小池百合子』の著者)に、「日本の血脈」という総タイトルで日本の名家の連載特集を依頼していました。石井さんは歌舞伎界にも詳しく、彼女が選んだ日本の名家出身者の1人が香川照之氏でした。
「猿之助」の自殺未遂以降、多くの人がご存じだと思いますが、先代の猿之助が藤間紫という年上の舞踏家と不倫関係になったため、正妻・浜木綿子と息子・照之は離縁。照之氏は歌舞伎界への夢を絶たれました。が、東大を出て、「自分には俳優の血が流れている」と公言。演技の道に入りました。そして、先代猿之助に何度か会いにいきますが、門前払いされます。