介護士と車椅子に座る高齢女性写真はイメージです Photo:PIXTA

大切な家族が要介護状態になったら「仕事を辞めて介護に専念したい」と思う人もいるでしょう。しかし、在宅医の中村明澄氏は、仕事を辞めてはいけないと言います。一体、なぜなのでしょうか?

※本稿は、中村明澄『在宅医が伝えたい 「幸せな最期」を過ごすために大切な21のこと』(講談社)の一部を抜粋・編集したものです。

外の世界があることで、バランスが取れることもある

 幼稚園教諭として長年仕事を続けている佐藤敏子さん(仮名・57歳)。認知症の91歳の母親と二人暮らしで、介護保険サービスを活用しながら、仕事と介護を両立させています。私は母親の在宅医療の担当医として訪問診療を続けるなかで、介護と仕事の両立に奮闘する敏子さんの様子を見てきました。

 介護保険サービスには、自宅で利用する訪問介護や訪問看護、日帰りで施設を利用するデイサービス(通所介護)やデイケア、短期間施設に宿泊するショートステイや特別養護老人ホーム、有料老人ホームなどの施設など、さまざまな種類があります。

 このうち敏子さんの母親が主に利用しているのが、デイサービスです。デイサービスの施設には介護職員らが常駐しており、入浴や食事、排泄などの介助をしてくれるほか、レクリエーションを楽しむこともできます。母親は敏子さんが仕事に出かけている間、朝9時から夕方5時までデイサービスで過ごしていました。

「仕事が生きがい」と話す一方で、母親のことをとても大切にされている敏子さんは、母親が楽しく通えそうなデイサービスを入念に検討し、利用を決めました。自身の勤務時間中は介護職員が見守ってくれていることで、「安心して仕事に取り組める」と言っていました。

 そんな敏子さんですが、肺炎で一時期入院していた母親が退院してから、仕事を休んで介護に専念していた時期がありました。その頃の敏子さんは、常に母親のことで頭がいっぱい。母親のちょっとした変化がとても心配で、1日に何度も相談の連絡が入ることもありました。「お母さんの介護がすべて」という毎日を送るなかで、知らず知らずのうちに心の余裕がなくなっていたのでしょう。

 目の前で娘が不安定になっている様子を見て、母親にも不安が伝染して落ち着かず、それを見てさらに娘が心配になるという負の連鎖が起こるようになり、「仕事から離れて介護に専念する」という敏子さんの選択に限界が見え始めていました。

 幼稚園教諭という仕事が好きで、介護に集中する日々のなかでも「仕事に戻りたい」という気持ちを持ち続けていた敏子さんは、介護に専念して2年を迎えた頃に、仕事に復帰。それ以来、再び介護保険サービスを活用しながら仕事と介護を両立し、現在に至ります。

 仕事に復帰してからの敏子さんは、不安定で感情的になりやすかった面も随分と落ち着き、生き生きとした表情に変わりました。介護以外に必要とされる場所があることが、ポジティブな変化を生んだようです。