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大切な家族が要介護状態になったら「仕事を辞めて介護に専念したい」と思う人もいるでしょう。しかし、在宅医の中村明澄氏は、仕事を辞めてはいけないと言います。一体、なぜなのでしょうか?
外の世界があることで、バランスが取れることもある
幼稚園教諭として長年仕事を続けている佐藤敏子さん(仮名・57歳)。認知症の91歳の母親と二人暮らしで、介護保険サービスを活用しながら、仕事と介護を両立させています。私は母親の在宅医療の担当医として訪問診療を続けるなかで、介護と仕事の両立に奮闘する敏子さんの様子を見てきました。
介護保険サービスには、自宅で利用する訪問介護や訪問看護、日帰りで施設を利用するデイサービス(通所介護)やデイケア、短期間施設に宿泊するショートステイや特別養護老人ホーム、有料老人ホームなどの施設など、さまざまな種類があります。
このうち敏子さんの母親が主に利用しているのが、デイサービスです。デイサービスの施設には介護職員らが常駐しており、入浴や食事、排泄などの介助をしてくれるほか、レクリエーションを楽しむこともできます。母親は敏子さんが仕事に出かけている間、朝9時から夕方5時までデイサービスで過ごしていました。
「仕事が生きがい」と話す一方で、母親のことをとても大切にされている敏子さんは、母親が楽しく通えそうなデイサービスを入念に検討し、利用を決めました。自身の勤務時間中は介護職員が見守ってくれていることで、「安心して仕事に取り組める」と言っていました。
そんな敏子さんですが、肺炎で一時期入院していた母親が退院してから、仕事を休んで介護に専念していた時期がありました。その頃の敏子さんは、常に母親のことで頭がいっぱい。母親のちょっとした変化がとても心配で、1日に何度も相談の連絡が入ることもありました。「お母さんの介護がすべて」という毎日を送るなかで、知らず知らずのうちに心の余裕がなくなっていたのでしょう。
目の前で娘が不安定になっている様子を見て、母親にも不安が伝染して落ち着かず、それを見てさらに娘が心配になるという負の連鎖が起こるようになり、「仕事から離れて介護に専念する」という敏子さんの選択に限界が見え始めていました。
幼稚園教諭という仕事が好きで、介護に集中する日々のなかでも「仕事に戻りたい」という気持ちを持ち続けていた敏子さんは、介護に専念して2年を迎えた頃に、仕事に復帰。それ以来、再び介護保険サービスを活用しながら仕事と介護を両立し、現在に至ります。
仕事に復帰してからの敏子さんは、不安定で感情的になりやすかった面も随分と落ち着き、生き生きとした表情に変わりました。介護以外に必要とされる場所があることが、ポジティブな変化を生んだようです。
そして、再びデイサービスに通い始めた母親にも前向きな変化がありました。施設では同年代の利用者さんと話すようになり、家でも敏子さんとの会話が増えたと言います。こうした2人の変化を間近で見るなかで、外の社会とのつながりや自分の時間を持つことは、患者さんにとっても家族にとっても本当に大切なものだと改めて実感しました。
介護で仕事を辞めない
在宅医療が必要になった時に大切なのは、必ずしも家族が直接介護に関わることだけではありません。「自宅で過ごしたい」という思いを支える方法には、さまざまな手段があります。同じ病気であっても、患者さんの性格や病気の受け止め方、家族の環境などで選択はそれぞれ変わってきます。何が正しいということはなく、大事なのは、それぞれの状況や思いに合う選択です。
私は時々、企業に出向いて介護について講演をさせていただく機会がありますが、その際には必ず「支えるご家族が、介護のために仕事を辞めることは避けてください」とお伝えしています。経済的な問題も理由のひとつですが、支える側である家族の人生も大切にしてほしいと思うからです。
在宅医療は「本人がどう過ごしたいか」ということはもちろんですが、「家族がどう支えていきたいか」という点も大切です。つらいことではありますが、患者さんが最期を迎えられたあとも、残された家族の人生は続きます。
その渦中にいる時は、目の前のことで精一杯になるのは当然ですが、「今」の過ごし方を考えるだけでなく、その「あと」の自分の過ごし方についても、ぜひ視野に入れていただきたいのです。
介護が必要な状況に直面して、「介護の担い手が自分しかいない」「とりあえず仕事を辞めたら何とかなる」と思うのは、絶対に避けたいことです。とりあえず仕事を辞めても、どうにかなるのはほんの一瞬で、どうにもならないことがたくさん出てきます。大事なことなので繰り返しますが、自分が直接的に手を出すことだけが介護ではありません。ですから、まずは仕事を続けながら介護を両立できる方法を地域包括支援センターやケアマネジャーと相談しながら検討することから始めてほしいのです。
仕事と介護の両立は困難なものだと捉えられがちですが、訪問介護やデイサービス、ショートステイなど、さまざまな介護保険サービスをうまく組み合わせることで、家族の負担を軽くできます。実際に、そうしたサービスをうまく使うことで、フルタイムで働きながら介護を継続されている方はたくさんいます。保育園や幼稚園を利用して、子育てと仕事を両立している方がたくさんいるのと同じです。
「介護休業」は、介護と仕事の両立のための準備期間
一方、介護を始める時や、介護を続けてきたけれど入院などで状況が変わった時など、まとまった時間を確保しなくてはいけない場面が出てくることもあります。そんな時に大きな助けになるのが、「介護休業」という制度です。
介護休業は、家族に介護を必要とする人がいる場合に長期の休みを取得できる制度で、法律で保障されています。要介護状態(2週間以上常に介護を必要とする状態)で介護が必要な家族1人につき、通算93日まで休みを取ることができます。また最大で3回まで、分割して取得することも可能です。雇用保険の被保険者で、一定の要件を満たす方であれば、介護休業期間中に休業開始時賃金月額の67%の介護休業給付金も支給されます。取得する条件等は会社によって異なる場合があるため、詳しくはお勤めの会社に確認してください。
ここで大切なのは、「いつ」介護休業を取得し、「何を」するかということ。介護休業というのは、基本的には「仕事と介護を両立できる体制を整えるための準備期間」としての休業期間で、自らが介護を直接担うためにあてる期間ではありません。
介護休業は、例えば役所への申請や、デイサービスの見学、地域包括支援センターやケアマネジャーへの相談、家族で介護の分担を決めるなど、あくまで「これから介護と仕事を両立する上で、できる限り無理なく続けるための段取りをする期間」と考えましょう。段取りが必要なことはたくさんあり、また役所関係は平日しか開いていないこともあるため、準備期間としての休業期間が必要になります。







