自分の「やってほしいこと」をしてもらう

 家族が自分の人生も大切にするという意味では、本人の希望を叶えるだけでなく、自分が“やってあげたいこと”をしたり、時として、“やってほしいこと”をしてもらうのもひとつだと思います。

 これは私自身の経験になりますが、今は亡き母が、外出できるのが最後かもしれないというタイミングだった日、母と一緒に近くの量販店に行き、甚平を選んでもらいました。ちょうど夏祭りが近い時季で、母がもし夏祭りまで生きていられたら、一緒に甚平を着ようと思ったのです。直感的に「今を逃したら、もう母と一緒に買い物に行くことはないかもしれない」「母に何かを選んでもらうのは、最後のタイミングになるかもしれない」とも思いました。その日、母に選んでもらった甚平は、その後の自分を支えてくれる大切な思い出の品になっています。

 残された時間で、本人の希望を叶えることももちろん大切ですが、大事な人がいなくなった後、自分の人生の支えになるような思い出をつくることができたら、大きな糧になると思います。支える側の家族が、これからの人生を豊かに過ごすためにも、自分がしてほしいことをしてもらうのも大切だと考えています。

困ったらいつでも相談できる

 自宅で過ごすなかで、不安なことや心配事が出てくることは、患者さん本人だけでなく家族にもあると思います。家で過ごすなかで困ったことや悩みが出てきたら、ぜひ在宅医療に携わる医療者や介護者に、相談してほしいと思っています。患者さんだけでなく、家族の悩みにも寄り添うのは、私たちの役割のひとつです。時折、「医師や看護師に相談していいのは、患者本人の病状についてだけ」と誤解されている人がいるのですが、在宅医療を進めるなかで起きている困りごとは、ぜひ抱え込まずに口にしてほしいと思います。

 例えば、心不全末期で入院していた小泉義仁さん(仮名・65歳)。要介護3の80代の母親と妻との3人暮らしで、妻が母親の面倒を見ながら暮らしています。心不全末期というのは、たとえ動ける状態であっても、心臓を守るために極力動いてはいけないという難しい時期です。義仁さんの場合は特に、比較的身体が動かせる状態にあったため、在宅で過ごす場合には、なるべく動かないように家族が見守ることが大事でした。