そして、再びデイサービスに通い始めた母親にも前向きな変化がありました。施設では同年代の利用者さんと話すようになり、家でも敏子さんとの会話が増えたと言います。こうした2人の変化を間近で見るなかで、外の社会とのつながりや自分の時間を持つことは、患者さんにとっても家族にとっても本当に大切なものだと改めて実感しました。
介護で仕事を辞めない
在宅医療が必要になった時に大切なのは、必ずしも家族が直接介護に関わることだけではありません。「自宅で過ごしたい」という思いを支える方法には、さまざまな手段があります。同じ病気であっても、患者さんの性格や病気の受け止め方、家族の環境などで選択はそれぞれ変わってきます。何が正しいということはなく、大事なのは、それぞれの状況や思いに合う選択です。
私は時々、企業に出向いて介護について講演をさせていただく機会がありますが、その際には必ず「支えるご家族が、介護のために仕事を辞めることは避けてください」とお伝えしています。経済的な問題も理由のひとつですが、支える側である家族の人生も大切にしてほしいと思うからです。
在宅医療は「本人がどう過ごしたいか」ということはもちろんですが、「家族がどう支えていきたいか」という点も大切です。つらいことではありますが、患者さんが最期を迎えられたあとも、残された家族の人生は続きます。
その渦中にいる時は、目の前のことで精一杯になるのは当然ですが、「今」の過ごし方を考えるだけでなく、その「あと」の自分の過ごし方についても、ぜひ視野に入れていただきたいのです。
介護が必要な状況に直面して、「介護の担い手が自分しかいない」「とりあえず仕事を辞めたら何とかなる」と思うのは、絶対に避けたいことです。とりあえず仕事を辞めても、どうにかなるのはほんの一瞬で、どうにもならないことがたくさん出てきます。大事なことなので繰り返しますが、自分が直接的に手を出すことだけが介護ではありません。ですから、まずは仕事を続けながら介護を両立できる方法を地域包括支援センターやケアマネジャーと相談しながら検討することから始めてほしいのです。