末期がんの53歳男性、“たった1時間の差”が「後悔の別れ」と「幸せな最期」を分けた写真はイメージです Photo:PIXTA

あなたは、人生の終盤をどこでどのように過ごしたいですか? 自宅、病院、施設、人によって、また状況によって希望の場所は違います。大事なのは、自分で選択すること。それが納得できる最期につながります。

※本稿は、中村明澄『在宅医が伝えたい 「幸せな最期」を過ごすために大切な21のこと』(講談社)の一部を抜粋・編集したものです。

過ごしたい場所は、状況によって変わる

 幸せな人生の最終段階を迎えるには、望んだ場所で過ごすことがとても大切です。大事なのは、自分で選択すること。それが納得できる最期につながります。

 コロナ禍に最期を迎えた、末期がん患者の山本忠男さん(仮名・53歳)は、自らの選択によって、納得のいく最期を迎えられた1人です。新型コロナウイルスの影響で、病院に入院すると、家族と面会できないままに最期を迎えてしまう人が続出しました。入院していた忠男さんと家族も、コロナの面会制限によって会えない期間が続いており、家族は忠男さんがどんな状態なのかもわからないため、もどかしい思いで過ごしていました。忠男さんに残された時間は、刻一刻と減っていきます。

 そんな中、忠男さんから「最期は家族と一緒に過ごしたい」と退院の希望が伝えられました。家族も同じ気持ちでしたから、忠男さんの状態が全くわからない中での決断に不安はありつつも、すぐに自宅への退院を決めました。

 ところが、退院が決まって自宅に帰る段取りを組んでいたわずか1日の間に、忠男さんの容態が急変。もういつ息を引き取ってもおかしくないというぎりぎりの状態になってしまったのです。あまりの急変ぶりに、一時は家族も現実を受け止め切れない状態になりかけていましたが、みんなの「最期は家族一緒に過ごしたい」という思いに立ち返り、残された時間がごくわずかであることを覚悟した上で、予定通り家に帰る選択をしました。

 忠男さんの状態を考えると、自宅到着時に医療者がいることが望ましい状態でした。そこで、私は在宅医として、家族とともに忠男さんを家で迎えました。忠男さんが息を引き取ったのは、帰宅してからわずか1時間後のことでした。それでも「たった1時間でも、一緒に過ごせて良かった」「あのタイミングで家に帰れて、本当に良かった」としみじみ話す家族の姿がありました。そこには、「今すぐに判断しなければならない」という究極の状態のなかにあっても、最後は本人の希望と自分たちの思いを貫くことができたことへの大きな満足感があったように思います。家族の「本当に良かった」という言葉には、「自分たちで選択したことに後悔はない」という実感が込められていたように感じました。