ジャズ仲間となったトランペット吹きのOKANOさん
2021年に、神戸大学と兵庫県教育委員会が中心となって結成された障がい者の生涯学習を推進するコンソーシアムは、兵庫県に住む知的障がいのある成人を対象に、生涯学習に関するアンケート調査を行った。その調査結果によると、「平日の自由時間が4時間以上」という知的障がい者が7割を超え、「休日の自由時間は10時間以上」という人が6割を超えた。長い自由時間を持っていながら、その時間を豊かに過ごすことができていない人たちが多いことも、調査結果は示していた。「自由時間に何かの活動をしたいと思っているが、実際には何もできていない」という人が、過半数に達していた。
知的障がい者が自由時間を豊かに過ごすことができていない理由は、いくつも考えられる。身近に活動ができる場や機会がないこと、活動に同行してくれる人がいないこと、活動をサポートしてくれる人がいないこと、「新しい場面が苦手」といった本人の特性や経済的理由などである。
たくさんの障がい者と関わりをもつ私の仕事柄、豊かな自由時間を過ごすことができている知的障がい者にも出会ってきた。その一人に、OKANOさんがいる。
OKANOさんは、神戸大学の構内を清掃する職員として雇用されている40代の男性だ。数名の知的障がいのある清掃員や指導員と共に、暑い真夏の草刈り、晩秋の落ち葉集めなど、過酷な外回りの環境整備に勤しんでくれている。
私がOKANOさんと出会ったのは10年ほど前のこと。OKANOさんは当時の指導員と相性が悪く、落ち込んでいた時期であった。周囲の人が心配に思い、私が相談に乗ったのが、OKANOさんとの最初の出会いだった。相談を受けている中で、私はOKANOさんには風通しのよい人間関係が必要だと感じた。そこで、私たちが運営している「のびやかスペース あーち*」の金曜日のプログラムに誘ってみた。彼は喜んで誘いに乗り、それ以後ずっと金曜日の仕事帰りに「のびやかスペース あーち」に立ち寄って、私や学生や地域のさまざまな人たちとおしゃべりをしている。
*オリイジン「大学施設『のびやかスペース あーち』が目指す“共に生きるまちづくり”」参照
出会った頃のOKANOさんは、いろいろなことが不安でたまらない様子で、あらゆることを自分で決める勇気がない状態だった。彼のご両親や、彼が住んでいるグループホームの職員、彼の職場の責任者に、OKANOさんが「のびやかスペース あーち」に通うことについて説明をして承諾をもらってもなお、OKANOさんは、「のびやかスペース あーち」に行ってもいいのか、いつ行っていいのかと、繰り返し尋ねてきた。何度も何度も尋ねて確認する行動は、周囲の人たちを困惑させていた。私は彼に「自分で決めていいんだよ」と諭した。
その一方で、OKANOさんは、小さい頃からトランペットに親しんできた。両親が連れて行ったジャズライブに感動して、「僕もトランペットを吹きたい」と両親にトランペットを買ってもらうことをねだったのだそうだ。ご両親も彼の願いを聞き入れて、高額のトランペットを与え、プロミュージシャンに演奏を教えてもらえる環境も整えた。
当然の成り行きで、私とOKANOさんはジャズ仲間になった。「のびやかスペース あーち」の合宿にお互いが楽器を持ち寄って「聖者の行進」を吹いたのが、一緒にジャズを演奏した最初だった。その頃はまだ、彼は2~3の練習曲を吹ける程度だったが、太くしっかりした音や、リズム感などいくつかの点にOKANOさんの才能を感じた。何よりも、OKANOさんはジャズが大好きで、先人たちの演奏をよく聴いている。名演奏については私よりも知識が豊富だ。
練習ばかりしているのではなく、人前で演奏する機会を持てたら、OKANOさんの音楽人生がもっと輝くのではないか、と私は思った。ちょうど、私の研究室で修士論文を書いた修了生に、知的障がい者の音楽サークルを運営している人がいた。和泉裕子さんという、ジャズピアニストとしての経歴を持つ音楽療法士だ。そこで、OKANOさんとOKANOさんのご両親を和泉さんに引き合わせた。数カ月後、OKANOさんは音楽サークルのメンバーになった。