『みみずくは黄昏に飛びたつ』ではこんな話もしています。

 普通の会話だったら、「おまえ、俺の話聞こえてんのか」「聞こえてら」で済む会話ですよね。でもそれじゃドラマにならないわけ。

 氏は「読者を眠らせないための、たった2つのコツ」と断って、会話のやりとりに込めたドラマ性と比喩を挙げるのです。

 いや、ここまでの説明で僕らを惹きつけてやまない村上文学の理由がよりわかった気がして、会話と比喩のくだりをそれまでの本で確認したりしました。

 いずれにしても「雪のような肌」と直接たとえる直喩であれ、「ようだ」を使わず「月の眉」と言い切る隠喩であれ、なるほど、そうきますか、の村上流比喩表現は、一言では表しにくい事柄の多さを考えると、習得して役立つ文章術ではないでしょうか。

 それでは比喩表現にチャレンジしてみましょう。村上氏の比喩で、僕がすぐに思い出すのはこんな表現です。(  )をあなたならではの言葉で埋めてください。

 ボーイはにっこりして、(  )のようにそっと部屋を出て行った。(『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』文藝春秋)

 彼は最初に五分の一秒くらいちらっと僕を見たが、僕の存在はそれっきり忘れられた。まるで(  )を見るときのような目付きだった。(『ダンス・ダンス・ダンス』講談社)

「病院に入院したことある?」「ない」と私は言った。私はだいたいにおいて(  )のように健康なのだ。(『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』新潮社)

 どうですか?村上氏はこう表現しています。

  賢い猫/玄関マット/春の熊

 村上氏の言う「生きた文章」としての比喩表現は、確かにすっと読み飛ばせません。しかしいざ書いてみようとしても、すぐに思いつくものではありません。頭の柔らかさと物の見方の柔軟性が求められます。毎日の生活のなかで少しずつ訓練してみてください。斬新な比喩をあなたなりに工夫してみてはどうでしょうか。

会話から反応が生まれ
ドラマが展開されていく

 ところで村上氏の小説作法のなかでとりわけ僕が心に留めているのは、氏も重要視している「会話」についてです。