高妍『緑の歌』(上下、KADOKAWA、2022年)と、高妍の新連載が始まった月刊コミックビーム23年5月号高妍『緑の歌』(上下巻、KADOKAWA、2022年)と、高妍の新連載が始まった月刊コミックビーム23年5月号 Photo by Kenichi Thuboi

昨年の春、漫画『緑の歌 収集群風』(上下巻、KADOKAWA)を店頭で発見したとき、表紙画の美しさに驚き買ってしまった。LPレコード以外で“ジャケ買い”したのは初めてだ。作家は台湾出身の20代女性、高妍/Gao Yan(ガオ・イェン)という。かなり評判なようで、大きな書店では平積みになっていた。そしてこの春から月刊漫画誌で彼女の新連載「隙間」が始まった。前作に続き、青春の高揚と憂鬱の交錯を、絵画と漫画の真ん中を射抜くような画風で引きつける(文中敬称略)。(コラムニスト 坪井賢一)

高妍『緑の歌 収集群風』の魅力

 日本のアニメや漫画、小説を親しむ海外ファンが増えて久しいが、作品から受けた影響を自身のライフスタイルに深く投影させる人も増えている。日本のアニメ映画の海外動員数が、日本国内のそれを上回る時代になったのもうなずける。

 台湾出身の漫画家・イラストレーター、高妍/Gao Yan(ガオ・イェン)もそのようだ。日本の漫画や現代文学、音楽が好きで、独学で日本語も学んでいた。漫画『緑の歌 収集群風』は、主人公の女子高生がはっぴいえんどの楽曲「風をあつめて」を聴き、不思議な懐かしさを感じ引かれるところから始まる。そう、主人公のモデルは作者自身だ。

 主人公は青春時代特有のアンニュイな空気に戸惑いながら台北の大学に進学し、日本と台湾のハーフでバンドマンの青年と出会う。二人の恋愛前夜の関係は、「風をあつめて」の中古盤レコードを東京へ買いに行く旅行を交えて進んでいく。

『緑の歌』下巻の最後に、作者による長い後書きが掲載されている。それによると、「風をあつめて」を収録した、はっぴいえんど「風街ろまん」(1971年)の30センチLPレコードを探しに東京へ行ったのは2017年、21歳の時で、18年には32ページの短編『緑之歌』(『緑の歌』上下巻の原型)を発表したのだそうだ。この作品は「風をあつめて」が重要なモチーフになっていて、『緑之歌』は、作詞した松本隆と作曲した細野晴臣に伝わり、19年初めには細野と対面することにもなったという。

 その後、『緑之歌』は日本の月刊コミックビーム(KADOKAWA)によって長編化が決まり、21年に連載が始まって、22年5月、単行本が日本と台湾で同時発売されたというわけだ。

 サブタイトルの「収集群風」は、「風をあつめて」へのオマージュとなっている。上下巻で550ページを超える作品だが、作中ではわずかな時間しか進まない。台湾の若者の生活と文芸、音楽への嗜好が精細につづられ、日本の文芸作品への関心が描かれている。読後感は甘く、酸っぱく、楽しく、そして孤独感に襲われる。

 高妍の画風は独創的だ。ものすごく写実的だが、むしろ動きは少ない。しかし読者の心を揺さぶる。単行本のサイズは一般的なコミックより大きく、四六判より少し縦が短い。用紙はざらっとしたベージュで、真っ白ではない。そうか、この色とイラストの肌合いは、はっぴいえんど「風街ろまん」のジャケットと同じだ。

 表紙には上下巻で別の帯が巻かれている。上巻には松本隆の、下巻には村上春樹の推薦文が載っている。村上春樹が推薦文を寄せているのは、村上著『猫を棄てる』(文藝春秋、20年)の表紙と挿画の制作を高妍に依頼した関係だからだ。