透き通った靴写真はイメージです Photo:PIXTA

日本語を母語としない作家で初の芥川賞受賞者、中国人の楊逸(ヤンイー)さん。中国の“フツーの人たち”が巻き起こす、想像もできないような事件を厳選して紹介します。中国の浙江(せっこう)省の近郊都市に暮らす蝶々(ディエディエ)は就職に失敗し、上海に上京。化粧品販売の仕事をしながら玉の輿を夢見て……。

※本稿は、楊 逸『中国仰天事件簿―欲望止まず やがて哀しき中国人』(ワック出版)の一部を抜粋・編集したものです。他の事件にも興味のある方は是非、単行本をお読みください。

 蝶々(ディエディエ)は1997年、上海に接する浙江(せっこう)省の近郊都市に暮らす、普通のサラリーマン家庭の生まれで、2018年21歳の時、地元の専科大学を卒業した。そのままどこかに就職して、結婚してくれればという親の望んだ道を彼女も歩もうと、就活に頑張ったのだが、理想的な仕事が見つからなかったため、夢だった「安定志向の人生」はあっさり消えた。

 ならば大都市に出て一頑張りすれば、たとえカッコいいホワイトカラー麗人になれなくても、そこそこ経済的に余裕を持てるような上海男に出会って、上海マダムに変身できるかもしれない、と夢見て上海にやってきた。

 彼女より少し早く来た、同級生小方(ショウフォン)と莉々(リーリー)に手伝ってもらい、安いアパートの一室を借り、その近くのショッピングモールで化粧品販売員の仕事についた。

 同郷にして同級生であり、今度上海に来て同じ出稼ぎ労働者になったということもあって、三人は一段と親密になり、日々の生活や仕事情報などをシェアできるように、WeChat友だちグループも作った。

「ほらこのオバサン、こんな粉吹きの顔で○○ブランド新発売の柔肌クリームフルセットを買っちゃって」

 化粧品を扱って1年余り。化粧術も上達し、お試し用のうんと値段の高い高級化粧品を自分の顔に塗りつけているうちに、自分が貧しい以外、それらを買っていく「貴婦人」に、何も負けていない、むしろ自分の方が若くてきれいで価値が高いと思うようになる蝶々。

 鏡に映る、化粧映えするが不遇な自分。その一方、高価な商品を買っていく不細工な女性客がウロチョロして、喉に不満が出かかって堪えられなくなる。いつの間にか客をこっそり写真に撮って、友だちグループにアップして不満をまき散らすようになる。

「この金臭い社会(お金に縛られた社会)。私たちも頑張って稼がなきゃ」
「けど、今の出稼ぎの安給料じゃ、日の目を見られるのか」

 グループトークに参加してきた小方も莉々も、同調する言葉が続いた。

「やっぱ目を放射線にして、金キラの王老五(ワンロウウ=玉の輿)を見つけるしかないね」
「そうよそうよ。でも私たちの環境じゃね……」
「写真でお嬢様を見習ってみたらいかが?」

 そんな一文に続き、古写真が数枚アップされた。小方からだった。

 モノクロの写真。民国時代(1930年代)上海灘で名を馳せた名家のお嬢様たちのものだ。コの字で顔を区切った黒髪といい、チャイナドレスの上等のシルク生地といい、俗世に汚れていない育ちの良さが清楚な目鼻立ちに漂い、写真は歳月の黄ばみによっていっそう味わい深いものになっていた。

「上海名媛(ミンユエン)」

 蝶々には甚だ新鮮な言葉だった。夜更けにチャットが終わって、なかなか眠りつけない彼女は、「名媛」を検索した。

 ずらりと並んだ検索結果から、彼女の視線は一瞬「名媛招待状」の文字に惹(ひ)かれた。開いてみれば、優雅にお茶を飲む民国風に装った数人の美女の写真に、

 高級アフタヌーンティーを楽しみ
 五つ星ホテルのスイートルームに泊まり
 世界一流のブランド品を身にまとい
 交友は、トップの金融エリートやネットセレブ
 あなたも仲間入りしませんか?

 の文言が添えてあった。

 したいしたいと、目が釘付けになった蝶々。布団から起き上がって、それを友だちグループに送った。

「嘘でしょ。500元(1万円)の入会費を払うだけで名媛になれるなんて」
「そんなの詐欺に決まってる」

 莉々も小方もすぐ反応した。

「あなたたち、入会していないのに、なぜ嘘とか詐欺とか言うの?」

 蝶々は不愉快な口調で反問し、「500元、それほど高い金額ではないし、騙されるつもりで、払って会員になってみても良いかな」と、自分の考えを打ち明けた。

「けど、アリペイに10万元の残高があるという資産証明も必要だってよ」
「ないから、今あなたたちに相談してるんじゃない」

 蝶々は、「悲しい顔」の絵文字を連打して送った。