28歳の陳は自動車修理工場で働く修理工である。女性からお金を騙し取るために度々、工場に預けられた客の車を勝手に乗り回していた。ゴルフ、ダイビング、ヘリコプター操縦などの写真は、彼が20元を払って、ネットショップサイトにある「写真家群」に加入し、サイトから提供された素材としての写真に、コピペの手法で自分を入れたものだった。

【楊逸の目 「バーチャル」という落とし穴】
 交友はインターネット、金はデジタル、「収納」はクラウド、生活はスマートフォン頼みというIT時代の今日。バーチャルで組み立てられた「現実」も一昔前より変化に富み、想像力が刺激された人々に、新たな可能性や希望をもたらす一方、欲望も膨らませました。

 そんなネットバーチャルの時代に便乗して詐欺を働く類の事件は、近年日本でもオレオレ詐欺に続き、ネット金融やら出会い系やらのトラブルに関するニュースが多いけれど、中国とは比べものになりません。

 例えば今回の主人公蝶々。彼女はまぎれもなく被害者でしょう。しかしもし、彼女がパーティーで出会ったのが詐欺師の陳ではなく、本物のエリート男性だったらと考えると、「名媛」の彼女は人を欺(あざむ)く加害者になっていたことでしょう。

 現に「資産運用」「不動産売買」「株FX講座」「マーチングサイト」「人材仲介」「移民相談」「DNA鑑定」等々、「インターネットビジネス」と称する広告の多くは、詐欺グループが巧みに仕掛けた「落とし穴」も多く存在しています。

 とりわけ焦って就職口を見つけようとネットサーフィンして、「高給で人材急募」なんて広告に飛びつく若者は、実際始めてみると、異性(男であれば女の落とし方、女には男の落とし方)に「性的にアピールして惹きつけて、詐欺用のApp(アプリ)に投資するよう」トレーニングを受けたのち犯罪に走って、結果加害者として逮捕されるケースがネットで散見されます。

 また最初は無理やりグループ犯罪に加わったにもかかわらず、やがて詐欺の手口を身につけて、「一人立ち」し、「被害者から加害者への変身を遂げる」ケースも少なからずあります。

 この話に登場する加害者の陳の、成功者らしい服装も振舞もどこかでトレーニングされたものかもしれません。

「網警(ネット警察)」数が世界一と誇る中国、言論を厳しく監視し取り締まる一方、こうした日常のネット犯罪についてはかえって放任したまま。なぜ?

 その莫大な利益に群がる、背後のブラックハンドは、庶民ではなく、権力者の一族郎党だと囁かれています。

 中国ではスマートフォンは、もはや罠にかかって「騙し騙され」のループに嵌(はま)る「入口」になっているのです。
※本稿は、楊 逸『中国仰天事件簿―欲望止まず やがて哀しき中国人』(ワック出版)の一部を抜粋・編集したものです。単行本では中国で実際に起こった事件を、12件紹介しています。