日本電産の
M&AとPMI概観

 この9つの行動に沿って、日本電産のクロスボーダーM&AとPMIを考察していきましょう。以下では、公表された事実や対外説明に加えて、当時の広報対応やIRの場で、筆者がCFOとして対外的に説明をしてきた内容も含めて、整理をして論じていきます。なお、ここでは会社名や役職などは当時のまま表現します。会社方針や会社形態などを含めて状況が、時間の経過とともに現段階では異なっている場合があるかもしれないことを付言しておきます。

 日本電産のM&Aは、リーマンショックを境目として、国内から海外へのシフトが見られます。2008年以前のM&Aの件数は国内が約8割を占め、「国内救済型」のM&Aが特徴でした。永守重信社長の対外的発信の趣旨、「技術は一流、ものづくりは二流、ただ経営には課題があり、経営危機に直面している会社」から、再建を要請された救済型の買収を表します。

 この国内救済型M&Aでは、経営危機のためバリュエーションが低く、のれんの減損リスクも小さく、収益構造改革と成長投資を短期間で実行すればクロージング後のV字回復のスピードも速くなります。クロージング直後から、PMI推進上の課題整理と優先順位付けを行い、親会社(グループ)の経営哲学と経営ノウハウ(企業価値創出と毀損防止の両面)導入と、早期のシナジー実現を図ります。

 これに対して、2010年以降は、「クロスボーダー・競争入札型」のM&Aが主流となっていきました。従来の主力製品の精密小型モーターの需要がピークアウトしてきたことも背景に、ビジネス・ポートフォリオの転換と拡大が企図されます。M&Aの対象は海外の車載用や家電・産業用などの中・大型モーターや機器装置などの事業にシフトしていきました。

 異文化の海外企業買収は難易度が高く、救済型の海外企業買収は一層難しいという前提の下、クロスボーダーM&Aでは、一定の収益性のある会社が対象となります。買収参加者は事業会社の戦略的買収者(Strategic Buyer)だけではなく、PEファンドなどの金融的買収者(Financial Buyer)も加わり、ターゲット獲得は競争入札型となっていきます。バリュエーションも上がり、のれんの減損リスクも高まっていきます。

 減損リスクを回避しながら、シナジーの早期実現を図る事業側PMIに加えて、クロージング直後からの垂直立ち上げによるPMI推進のフレームワークとして経営管理の仕組みと体制が重要になります。この仕組みづくりも目的として、日本電産では、連載第4回で詳述したグローバル5極経営管理体制の構築が急がれました。

 日本電産のM&Aの特徴を概観すると、

・持続的な企業価値向上に向け、買収後のシナジー早期実現を図る戦略的買収者(Strategic Buyer)である。買収後の数年間で企業価値を上げ、その後売却して譲渡益最大化を図るPEファンドなどの金融的買収者(Financial Buyer)とは異なる
・買収で獲得するものは、個別具体的には、製品、技術、製造能力、顧客やマーケットなど広範に及ぶが、一言で言うと「時間を買う」と定義
・「高値づかみはしない」方針の下、妥当な価格による買収と速やかなPMI推進により、のれんの減損リスクはミニマム
・戦略的買収者であり、基本的に買収直後にリストラや事業の切り売りはしない。売り手にとっては、譲渡後のレピュテーションリスクの小さい、質の高い買い手(Quality Buyer)と位置付けられ、譲渡先決定上の評価ポイントの一つと推定される

 そうしたM&Aを成功に導く3つのポイントとして、

(1)「高値づかみをしない」適正な買収価格
(2)PMIにM&Aの9割のウエートを置く(「クロージングはM&Aの全体プロセスの1合目」)
(3)シナジーの早期実現

 が掲げられています。