冒頭触れたように、freeeのM&A戦略を語るうえで欠かせないのが、クラウド会計領域の競争環境です。マネーフォワードのほか、弥生やOBCも重要なプレーヤーです。

直近のMikatus案件は入札となり、4社が参加。その結果、freeeが25.2億円で取得しました。Mikatusの直前期の売上7.4億円(ARRは開示なし)に対し、3倍強の評価です。SaaS領域では一時期、ARR換算で10倍程度が相場だったことを考えれば、やはり市況の影響が感じられるバリュエーションと言えます。

とはいえ本件、入札になったことからも分かるように、厳しい競争環境を前提にしたM&Aであることは間違いありません。freeeが開示したM&A目的「クラウド税務プロダクトの強化」「パートナーネットワークの拡大」からは、マネーフォワードへの対抗策としての意味合いも透けて見えます。25.2億円も、マネーフォワードの存在があってこそ付いた価格でしょう。

freeeのように競合との熾烈な競争下にある買い手は、M&Aを検討する際、どんな点を議論しているのか。 一般に重要な観点として、以下の2点が挙げられます。

①再構築原価:対象事業・組織を自社でゼロからつくった場合に必要な時間とコスト

②防御価値:対象事業・組織をライバルに買われた場合の機会損失を考慮した買収価値

まず「再構築原価」から、Mikatus案件に当てはめて見ていきます。Mikatusの持つ税務向けのプロダクト、そして会計事務所を対象とした顧客基盤は、freeeにとっては取り組みに一部遅れのあった領域でした。マネーフォワーが先行しているため、自社開発やチャネル開拓に時間をかけていられないうえ、会計事務所のユーザーは比較的年齢層が高く、営業やカスタマーサポートなどに求められるノウハウも、freeeの既存プロダクトの場合とはやや異なるのではないかと想像します。このように、ライバルに先行されている、カルチャーの違いから既存ノウハウを横展開しづらいといった要素が加わると、再構築原価はさらに高くなります。

「防御価値」に関しては、マネーフォワードよりもfreeeから見た価値がかなり大きかったと考えられます。freeeはマネーフォワードとARRで競り合っている一方、従業員数はマネーフォワードの約半数。営業体制はマネーフォワードの方が充実しています。freeeにとってMikatusの持つ会計事務所とのネットワークを取り込めれば、会計事務所の顧客である個人事業主にリーチしやすくなりますが、逆にMikatusがマネーフォワードと組めば、営業面で逆転していくことは一層難しくなります。