当時26歳の宝槻は大きなやりがいを感じていたが、同時にもどかしさも感じていた。この探究型の授業での生徒の変化は八王子の高校の小さな教室で起きていることだから、誰にも注目されない。起業した時は「30歳で時価総額100億円」を目指していたのに、まるでその予感がしない。このこぢんまりとしたビジネスから一発逆転して「教育界の寵児」になるためにどうすればいいかを考えた時に思い浮かんだのが、インターネットだった。

宝槻は、オンライン授業を実現するために奔走する。持ち前の馬力と熱意だけで1億円を超える資金調達に成功し、人を集め、オンライン授業のシステム開発に挑んだ。しかし、2年をかけても思い描いたものにはほど遠く、資金も尽きて開発を断念。その間、スタッフの大学生に任せきりになっていた八王子の高校からは「やる気なし」と判断されて、契約も打ち切られた。

結婚したばかりなのに、仕事がない。投資家たちに頭を下げる日々。まさに人生最大のどん底で、それでも目をギラギラさせて、腹の底で再起を誓っていたのが、2009年ごろのことだ。

父親の“独自すぎる”教育論

それからしばしの時が流れて、2021年。受験勉強もテストもなく、子どもの好奇心を刺激する塾「探究学舎」の代表兼講師を務める宝槻は、月額1万円のオンライン授業を展開する。生徒数は全国におよそ2300人いて、今も自ら授業を受け持つ。宝槻が練りに練った授業はアート編、宇宙編、元素編などのテーマに分かれていて、常に子どもたちを熱狂させている。

オンライン授業に臨む宝槻氏
オンライン授業に臨む宝槻氏(画像提供:探究学舎)

従来の詰め込み型の教育や受験システムが疑問視されている昨今、宝槻の取り組みは教育界で大きな注目を集めている。これまであまり触れられていなかった部分を中心に、彼の歩みを振り返ろう。そこに、今に至る種がある。

宝槻を語るうえで欠かせないのは、彼の父親だ。もともと学校にパソコンとソフトを売る会社を経営していて、自社と周辺のアライアンス企業の売り上げを足すと年商100億円規模の事業に育て上げた人物である。いつも全国を飛び回っていてとにかく多忙だったが、独自すぎる理論で3人の息子(泰伸は長男)を教育していた。

例えば、「1ページ読んだら1円」とルールを決めて、子どもたちに大量の教育マンガを買い与えていた。数学的な思考を鍛えるために、幼い頃からブラックジャックやポーカーなどのカードゲームを叩き込み、NHKの特番や偉人が登場する映画を子どもたちに無数に観させて、「人間ドラマ」を通して学びへの関心を高めた。