この想いが再燃したのは、偶然だった。2018年の冬、知り合いに請われてZoomでオンライン講演をした。その時、デモンストレーションとして、いつも三鷹の教室で子どもたちにしている算数の授業をしてみたところ、画面の向こうに映る参加者の表情がイキイキしているのがわかった。

「これはいける!」

確かな手ごたえを感じた宝槻は、人気授業のひとつ「宇宙編」のシナリオをオンライン用に再編集。2019年6月、全6回配信のオンライン探究授業「宇宙編」をリリースした。当時は「授業といえば対面」が常識で、1万5000円で小学生向けの授業を配信するのは前代未聞だった。

しかし、ふたを開けてみれば約1500人が受講。アンケートには、子どもたちの親から「感動しました」「うちの息子、震えてました」と興奮気味のコメントが並び、宝槻は「(子どもたちの心を)完全に撃ち抜いた」と確信した。このオンライン授業の波及効果もあったのだろう。夏休みに地方を巡って「探究ツアー」を開催したところ、参加者は累計5000人を超えた。

コロナ禍にチャネル登録者が5倍に

これで一気にオンラインにかじを切ろう……とはならなかった。リアル授業の熱気を知る親や子どもにとってオンライン授業は物足りず、「リアルの劣化版」のように受け取られていたという。

テーブルをひっくり返すように、このイメージを一瞬で覆すきっかけになったのが、新型コロナウイルスの感染拡大だった。2020年2月27日、政府は感染拡大防止のため、全国の小中高に3月2日から臨時休校を要請した。突然のことで、学校現場はもちろん、小中高生の子どもを持つ親もパニックに陥った。この時、宝槻は瞬時に決断した。

「3月2日から15日間、平日の朝10時半からオンライン授業を無料でライブ配信しよう」

すぐにスタッフの了解を取り付けた宝槻は、自身のFacebookで告知した。すると、その投稿が驚くほどシェアされ、拡散していった。

準備期間は、2日。最初はすでに手元にシナリオがある「宇宙編」でいこうかと考えたが、やめた。そして、イチから作り始めたのが「偉人編 スティーブ・ジョブズ」。この一発目の授業に、それまでのノウハウのすべてを懸けた。

「いきなり休校になって子どもの時間が余って、これからどう過ごそうかと悩んでいる親は、とりあえず観てくれるだろう。でも最初につまらないと思ったら、翌日は観ない。初日がキモだ」

徹夜してシナリオを完成させた宝槻は、3月2日10時半、疲労や眠気を振り切るように、ハイテンションでカメラの前に姿を現し、いつもと同じく語りかけるように授業をスタートさせた。