「そろそろ飲み過ぎだよなあ」と思いながらも、ついついグラスを傾けてしまう…。記憶がないまま会社の上司や先輩に毒を吐いたり、気づけば路上でつぶれていたり、社会生活に支障を来たすレベルまで進んだら、治療のサインだ。精神科医の筆者のもとを訪ね、アルコール依存を克服した、とある患者の飲酒ヒストリーを紹介する。※本稿は、倉持穣『今日から減酒!お酒を減らすと人生がみえてくる』(主婦の友社)の一部を抜粋・編集したものです。
在宅ワークにより
大量飲酒に拍車
「ときどき、亡くなった父の姿を思い出します。仕事から帰ると、ビール大瓶7本くらいを飲んで、ウイスキー、日本酒と続く大酒飲みでした。実は、妹がアルコール依存症で断酒治療を受けていました。母からは、『あなただけは飲み過ぎないように気をつけて』とことあるごとに言われ、『ハイハイ、分かってる』と軽く返事をしながら、自分だけは大丈夫だと思っていたんですが……」と、佐原哲也さん(仮名・クリニック受診時48歳・会社員)は当時を振り返ります。
妻と16歳の子がいる哲也さんが本格的に飲酒を始めたのは、就職した24歳からです。仕事がハードだったこともあり、ストレスを解消するために同僚と毎晩のように飲みに行くようになります。
「父の体質を受け継いでいるのか、お酒に強いんです。父が毎晩お酒を飲んでいる姿を見ていたので、飲酒への罪悪感はまったくありませんでした」
哲也さんにとって、お酒の魅力は「おいしさ」と「ストレス解消」だと言います。飲み始めは、ビールののどごしやウイスキーのスモーキーな味わいなど、さまざまな種類のお酒を「おいしい!」と思いながら飲んでいるのですが、やがてストレスを解消するために酔うことが目的になって、とことんまで飲み続けてしまうのです。
そんな哲也さんが20代後半になると、お酒のトラブルが目立つようになります。
「どこでも寝てしまい、朝、道端で目を覚ましたこともあります。電車で寝込んで、財布を盗まれたときは愕然としました。それだけでなく、飲み会で先輩にタメ口で話し、後日同僚に、『お前、飲み会でヤバイこと言ってたぞ』と耳打ちされて真っ青になったこともあります」
やがて哲也さんは、32歳でステップアップをはかり転職します。しかし新しい環境になっても、週3日は同僚や後輩を誘って飲み会、週4日は自宅で飲む生活が続きます。
そんな大量飲酒の毎日に、さらに拍車をかけたのが47歳でのコロナ禍による在宅ワークです。今までは夕方過ぎから飲み始めていましたが、「昼間から飲んでみようか」という囁きが心を満たした瞬間、お酒に手が伸びるのを止めることができませんでした。