誰も書かなかった伊集院静氏のホンモノの侠気、生前に『文春』連載を一時中断したワケ『文春』の連載で見せた、伊集院静氏の知られざる侠気とは Photo:AFLO

元文春編集長があえて明かす、
急逝した伊集院静氏のエピソード

「文春砲」にタブーはないと誇らしげに言ってきましたが、実は、確実に書けない存在があります。それは作家です。

 作家の作品への批評は、書評などに当然掲載されますが、人格批判やスキャンダルは一切書くことはしていません。作家にとって、文春は家族の一員のような存在であり、文春社員にとっては、メシのタネ。裏切るわけにはいかないというのがその大きな理由です。

 しかし、私はOB。作家のためにもなることなら、まったく書かないという姿勢はやめようと思いました。今回は、先日急逝された伊集院静氏について、読者があまりご存じないエピソードをお伝えしようと思います。

 伊集院さんの銀座好きとバクチ好きはつとに有名です。私は、伊集院さんの担当を直接したことはありませんが、担当者でなくても、彼の「被害」を受けた文春社員は大勢いました。

『オール讀物』の編集者時代。伊集院さんの担当はS君という若手でした。S君自体、異様に酒にも強いが、飲みすぎて死にかけたエピソードがヤマのようにある男ですから、伊集院さんの担当にはピッタリだったかもしれません。

 伊集院さんの担当者は、彼が銀座に通う時間帯から仕事が始まります。彼の朗らかな座談とホステスを悦ばせる話題、そして大量の注文……こんないい客はいないのですが、編集担当者はたまりません。

 担当者も伊集院さんもベロベロに酔って、朝方、妻で女優の篠ひろ子さんが待つ自宅に帰宅します。それから、ようやく執筆が始まるのです。たいていの場合『オール讀物』締め切りの前日に出かけるので、昼までに鯨飲した頭脳で伊集院さんが原稿を書くことになります。

 当然ながら、担当者は伊集院さんが寝てしまわないように見張っていなければなりません。しかし……。彼はなかなか書き出しません。机に拡げたのは競馬新聞。それを見ながら、細々と何十もの組み合わせの馬券買いの指示をS君に出します。