多くの中小企業の経営者が頭を悩ませている「事業承継」。特に後継者不足は深刻だ。そんな中でも円滑にバトンタッチを行い、新社長が会社を成長させているケースがある。連載『「事業承継」イノベーションが企業を救う』では、実例を見ながら、これからの事業承継の在り方を考えていく。第1回は、後継者探しから事業承継後のフォローまで、押さえておきたいポイントを解説する。(ダイヤモンド・ライフ編集部編集委員 小野真枝)
こんなはずじゃなかった……
早くから始めないとハマる落とし穴
日本全体の企業数337万5000社のうち、中小企業と定義される企業は約336万5000社、全体の99.7%を占める。これは中小企業庁が発表しているデータ(2021年6月時点)だ。
我々が普段、経済メディアで目にするのは、トヨタ自動車、ソニーグループ、NTTといった時価総額が大きな上場企業の名前ばかり。しかし、彼らのような大企業の数は、日本全体のわずか0.3%にすぎない。日本経済の屋台骨を支えているのは、紛れもなく「名もなき中小企業」である。
そんな中小企業を中心に現在深刻化しているのが、後継者不足だ。後継者がいないがために、廃業を余儀なくされる企業が続出している。
東京商工リサーチの調査によると、2022年度に起きた後継者不在に起因する「後継者難倒産」(負債1000万円以上)は409件と5年連続で増加しており、調査開始以来最多件数を更新した。休廃業・解散した企業の経営者は、60代以上が86.4%と高齢化が著しかった。
また、約17万社を対象にした「後継者不在率」調査では、約6割の企業で後継者が未定となっており、看過できない規模の「倒産予備軍」が存在することが分かる。日本経済にとって、この状況は大きなリスクだ。企業の事業承継は「待ったなし」の課題なのである。
しかし、一口に事業承継といっても、それほど簡単なものではない。危機感を持って取り組んでいる経営者であっても、さまざまな「壁」に突き当たり、試行錯誤を繰り返すケースが多いのが実情だ。ある中小企業の関係者に聞いた「事業承継の失敗事例」を、2つご紹介しよう。
「先代の社長が事業承継を考え始めた時に、息子に『継がない』と断られたので、社内から後継者を選んで育成していた。70歳でいよいよ社長交代という時になって、心変わりした息子が『やっぱり継ぐ』と言い出す。実の息子に継いでほしいという親心で、急きょ息子を社長にすることに。それまで心血を注いで会社の理念や仕事のイロハを教えてきた後継者候補は辞めて、独立してしまった。何も分からないまま社長に就任した息子は、人望もなく、仕事も分からず、お飾り状態。なんとか業務を回している幹部たちは先代に立て直しを要求しているが、すでに高齢でその気力はない」(製造業)
「社長交代で、先代は会長になり代表を退くことに。しかし、自分が育ててきた会社を全て譲りたくないと、後継者には3分の1しか株を譲渡しなかった。そして会長は「経営に口出しはしない」と言いながらも、大事な決議では、株に物を言わせて社長の案を度々却下。一方、社長時代に近かった幹部社員とは頻繁に会って、直接社内の状況を報告させている。そのうち社内には、会長派と社長派の2つの派閥ができて、あらゆる場面で衝突を起こすようになった」(サービス業)
このように、事業承継は余裕を持って適切なやり方で取り組まないと、思わぬ落とし穴にはまり、「こんなはずじゃなかった」と後悔することになる。事業承継を円滑に進めるには、正しい知識と準備が必要なのである。