自転車は通常右側にチェーンとギヤが取り付けられている。その理由は諸説あるようで、後ろギヤがネジを増し締めする方向(時計回り)で力がかかれば、走行中にギヤが外れることがないためなどと言われている。世界で最初に自転車にチェーンを取り付けた英国が左側通行で、道端を押し歩きする際にチェーンが衣服に接触しないために右側にしたとも推測できる。

 それをあえて左側にした。走路を高速走行するシーンにおいて、内周(車体の左側)のほうがぶつかってくる空気の速度がわずかに遅いので空力的に有利。それが間宮の言う「空力のゲイン」だ。同社はコメントしていないが、重心が左側に寄ったほうがコーナーを走りやすいことなどのわずかなメリットも考えられなくもない。

左側・左から中野浩一、ブノワ・ベトゥ、間宮健左側・左から中野浩一、ブノワ・ベトゥ、間宮健 (c)山口和幸

自転車をずっとやっているメーカーだったら、あるものを反対にするなんていう苦労は避けていたはず。固定観念に関係なくゼロから開発したからこそ、空力的に優先されるものを全部取り入れた。その結果が左ドライブ」と間宮。

 クランクはフランスのルック社製、ハンドルとサドルも専門メーカーのもの。ネジ類は外部から手に入るもので、それ以外のすべてがオリジナルだ。ベトゥからは「最善を目指す過程で、自転車を整備するメカニックのことは考えなくていい」とも言われていた。

「もちろんメカニックから多くの指摘は受けたけど、問題を共有して新しい整備工具を発案したり…」と間宮。実際のメカニックの作業時間は2倍近くに増えたようだが、「選手がベストな状態でレースに臨めるように最善を尽くすのが僕たちの仕事」と文句も言わずに任務を遂行する

 2023年8月に英国グラスゴーで開催された世界選手権でTCM-2がデビュー。世界の最軽量モデルより15%ほど重いが、「初めて試乗したときはそのスピードと安定性にびっくりした」とベトゥ。作り上げるまでにかなりの時間を要したが、このTCM-2がパリ五輪に導入されることになった。

 前から見るとその特徴が一目でわかる。独特なのは前輪を支えるフロントフォークだ。通常のフォークは前輪とわずかな隙間を取って最短でつながれるが、TCM-2は外側に大きく張り出している。こうすることにより、両脚の前面にぶつかるはずの風圧が、あたかも体をシェルのように包み込むような曲線で滑らかに背後に流れるようになる。つまりフレームのフォルムによって、人間が受ける空気抵抗を低減させることに成功した