でもルイ・ヴィトンを着ると勇気が出てくるのよ
私がルイ・ヴィトンのスタッフだと知ると、ブリジットさんは声をひそめ、ここだけの話よ、と前置きしながら言いました。
「ルイ・ヴィトンばかり着ているから、よくスタッフに怒られるのよ。違うデザイナーさんの服も着てくださいって。でもね、私、(ルイ・ヴィトンのレディース・デザイナーの)ニコラの服が大好きなの」
どう返事していいのかわからず、とりあえずお礼を言うと、大統領夫人はとても意外なことを言いました。
「私、本当は人前に出るのが苦手なの。緊張しちゃうのよ」
ファースト・レディーではあっても、ブリジットさんも一人の女性。大統領夫人として私の想像を絶するレベルの緊張感やプレッシャーを日々感じているに違いありません。そんな彼女の無言の戦いを垣間見ることができたような、とても貴重な一瞬でした。目を見張っている私の隣でブリジットさんは続けました。
「でもルイ・ヴィトンを着ると勇気が出てくるのよ」
「勇気、ですか?」
思わずオウム返しすると、ブリジットさんはキッパリと言いました。
「そう。ニコラの服は私にとっての鎧のようなモノよ」
自分を奮い立たせるためには鎧が必要
ブリジットさんがエマニュエル・マクロン大統領より24歳年上の教師であり、大恋愛の末に結婚したのは有名な話です。言ってみれば、ブリジットさんは世間の常識という常識を覆してきた女性です。70を過ぎても気おくれすることなく、ミニスカートと15センチもありそうなパンプスを履きこなしています。
服装からしても、「自分なりを貫く強い女性」というイメージがあった私ですが、そんな彼女が赤の他人である私に向かって、「自分を奮い立たせるためには鎧が必要」とサラリと言うのです。私は驚きのあまり、気の利いた言葉も見つからず、廊下を去り行く大統領夫人の美しい後ろ姿を、ただただ無言で見つめていました。
本当に強い人とは、大統領夫人のように自分の弱さを認めることができる女性なのかもしれません。そして人に何と思われようが、どのように意見されようが、凜として自分を優先することができる女性なのかもしれません。
私がその後、数年かけて見つけた「自分を奮い立たせるモノ」とは
私はと言えばその日、地味なパンツ・スーツを身に纏っていました。ラインが身体に合わず、あちこちシワが寄っています。若造の自分も一人前だと思われたいという一心で選んだ服装でした。とても自分らしい服とは言えません。自分に勇気を与えてくれる服ですらありません。
「自分だけの鎧」。是非見つけてください。それは自分の心を奮い立たせてくれ、着るだけで自分が一回り素敵な女性になった気分になるモノです。
私がその後、数年かけて見つけた「自分を奮い立たせるモノ」は、黒革のライダース・ジャケットでした。ワンピースにも、ロングスカートにも、ジーンズにも合い、いろいろな場面で大活躍してくれます。長すぎず、短すぎず、私の身体のラインを綺麗に見せてくれるモノです。そして何よりも、着るだけで背筋がシャンとするような爽快感があります。
黒革のジャケットは私の大切な鎧です。
※本稿は『パリジェンヌはすっぴんがお好き』(ダイヤモンド社)より一部を抜粋・編集したものです。