「3割」のティッピングポイントを目指そう

村瀬 あと押さえておきたいのは、どんなに心理的安全性が低いチームであっても、ほとんどのリーダーはそれを望んでいるわけではないということです。安心感のないチームをあえてつくりたがる人はまずいないでしょう。

 これは組織に不正が生まれるメカニズムと似ていると思います。企業に不祥事が起きたときも、責任者も含めてだれ一人として、法に触れること・人道に反することをしたがっていたわけではない。達成しなければならない数値目標があるからこそ、リーダーが不正を甘く見たり、気づかないふりをしたりするわけです。

篠田 そうですね。おそらくリーダーに「目標未達とルール違反、どっちがダメだと思いますか?」と聞けば、だれだって「ルール違反はいけないと思います」と言うはずです。でもリーダーとしては結果も出さないといけない。

村瀬 ですよね。それと同じように、チームに安心感がなくてみんなが疲弊していることがわかっていても、リーダーには目標達成のほうを優先せざるを得ないプレッシャーがある。「これくらいの売上・利益を達成してくださいね。でもチームの心理的安全性も高めないといけませんよ」と言われ続けている。

「心理的安全性を目指してくださいね」だけだったらそんなに難しくないでしょう。でも、リーダーとしての階層が上がれば上がるほど、「業績達成」のほうにチームを引っ張ろうとするものすごいフォースが働くわけです。この力に負けないようにしながら、チームの文化づくりをしていくのは、単純にすごく大変です。

篠田 そうですね。数値的な目標に加えて、われわれは時間的な制約の中でも仕事をしているので、現場から意見が出てきたときに、リーダーはつい「え? このタイミングで言うなよ…」みたいな態度をとりそうになる。

 心理的安全性はそもそもこういうパラドックスの中にあるわけですね。そういう意味では、そもそもリーダーはかなり難しいことを求められているんだという認知を持っておいたほうがいいんでしょうね。

村瀬 そう思います。このときにリーダーが意識するといいのが「3割」という数字です。デイモン・セントラ『CHANGE 変化を起こす7つの戦略――新しいアイデアやイノベーションはこうして広まる』(インターシフト)に書いてあるのですが、組織の文化や価値観を変えるには「25パーセントの人」が変化するまで待たないといけないと言われています。

 そこに達するまでは、なかなか大きな変化が目に見えてこなくて、自分たちがやっていることに意味があるのか不安になってしまう。ですが、マイノリティだった人の比率がだいたい3割を超えてくると、一気に組織の空気が変わりはじめるんですね。

 今回の『Fujitsu心理的安全性Playbook』でも、富士通さんの心理的安全性スコアの推移をご紹介していますが、当初はスコアが伸びてこなくて苦しい時期がありました。ですが、直近の2023年11月ではようやく大きく数字が動いています。富士通さんでも、この「3割」の変化点に差し掛かっているんじゃないかなと。

篠田  そうですよね。富士通さんのデータだけを見てしまうと、「わかりやすい結果が出ていてすごいなあ」と言いたくなってしまうけれど、あの結果に至るまでには数々の苦労があったんだと思います。

村瀬 まずは粘り強く「草の根運動」をやっていくしかないんです。3割に届くまでは、リーダーは短期的な業績達成のプレッシャーと闘いながらも、生まれてきた小さな「芽」を守っていくことが必要なんだと思います。