僕は中学で野球部に所属していました。ポジションはキャッチャー。チームは弱小で、コールド負けばかり。そもそも、ピッチャーがストライクを投げられないから試合にならなかったのです。しかし、とある日の練習試合。僕たちのチームはその日、変貌を遂げました。

 うちのピッチャーがバシバシ見逃し三振を取っていくのです。その日の審判はピッチャーのお父さんでした。

 練習試合ではお手伝いで保護者が審判をやるのです。監督が試合前に、「保護者の中で主審をやってくださる方はいますか?」と声をかけると、先発ピッチャーのお父さんが、間髪をいれずに真っ直ぐ手を上げていました。今日の主審の座は譲らないという覚悟とすごみを感じました。

 試合開始とともに親子による共同奪三振ショーが始まりました。息子を思うがゆえでしょう。高かろうが低かろうが、かなり広い範囲でストライク。僕が「えっ? いいの!?」と思うぐらいのストライク。

 相手バッターは、本日の主審とベンチを交互に見返します。相手チームの監督もなにかを言いたそうな顔をしています。しかし、ピッチャーのお父さんはそれをねじ伏せるような声量で、三振の山を次々と築くのでした。そのお父さんに共鳴するように、

(相手になんか言われるまではこのまま見守ろう。)

 そんな雰囲気がチーム、そして保護者全体に漂っていました。

 試合が進むにつれそのピッチャーのお父さんの目は少し宙を見はじめました。気まずいのでチェンジのときは逃げるようにベンチに駆け込みました。そのお父さんは自分でもわけがわからなくなったのでしょう。ど真ん中のストライクを「ボール!!」と思わず判定しているときがありました。とにかく、うちのピッチャーは大投手に変貌を遂げたのです。

 息子を思う気持ちが強くなるとおそろしいことになります。僕も気をつけなくてはならないと教訓になりました。