球場に着いたら、一通りおみやげを見て、スタジアムの見学ツアーに参加しました。20ドル払えば途中参加でも見学グループに入れたのです。しかし、案内をしてくれる方はもちろん英語ガイド。冗談を交えているようで、笑いも起こしていました。お恥ずかしいのですが、舞い上がった僕は、なんとなくまわりのアメリカ人に合わせて「ふふっひふう」と力無く笑い、「すべての英語の冗談を理解しているぜ」という雰囲気を出すのに必死になってしまいました。とにかくすごかった選手たちのグローブやらバットやらがたくさん並んでいたのに、その光景をひとつも覚えていません。

 それは突然でした。ガイドの人に「ジャパン?」ときかれたのです。咄嗟に出た僕の英語の返事は「ヘイ」でした。江戸とアメリカがちょうどいいバランスで混ざった返事でした。結果的にほんの少し先に始まっていた日本人グループの見学ツアーまで連れて行ってもらえました。こうやって日本人ツアーにまざっていなかったらどうなっていたでしょう……。

 一安心した僕は日本人グループと一緒にエレベーターで別の階へ行きました。エレベーターを降りると、その階にもさまざまなトロフィーが飾ってあります。ツアー客は各々自由に見て回っていました。そのとき、ザワザワしていたツアーの人たちがなぜか静まったのです。なんとなんとあの大谷選手が僕たちの間を通り抜けエレベーターに小走りで乗って行ったからでした。

 ほんの一瞬。すごいタイミング!!

 ええええええっ!! マジで!? っていう言葉も出なかった。

 見れた!! 球場にはいないよなんて鼻で笑ってしまった息子に額をこすりつけて謝りたい!!

 顔も見ました。でかい背中も見ました。口を開いた息子の息は止まり、シンプソンズの静止画みたいな顔をしていました。僕はなぜか涙が出ました。カメラに収める時間などなかったので僕と息子は、自分たちの眼球に少しでも焼き付けようとしました。

 それにしてもすごかった。これまでを振り返ってみましょう。ロサンゼルスに行きます。恐竜博物館に行きます。息子のためにも球場に行きたいというはやる気持ちを抑えて、広くて見応えがありすぎるその博物館を2周ぐらいします。帽子を買うか買わないかで揉めます。長めの小便をします。この時間、すべてひとつでも狂えばあの瞬間には立ち会えなかったのです。夢は願えば叶うんだよ、と息子に教えられました。