法廷で日本の検察に当たる律政司は、民主派が選挙を通じて議席の過半数を獲得し、その数の力を借りて政府の予算案を否決し、行政長官(当時は林鄭月娥氏)を辞任させようとしたことが、「国家政権転覆」とその「共謀」に当たると主張した。

 だが、議会に提出した予算案が2回否決された場合(正確には「立法会が1回否決した後、行政長官が議会を解散させて再選挙を行い、その後成立した立法会で再度否決された場合」)、「行政長官は辞任しなければならない」と香港基本法の第52条にはっきりと書かれており、彼らはそれに従って行政長官に辞任を迫ろうとしたのだった。

 しかし、5月の判決ではそのことすらも「武力ではない武器」とみなされ、有罪が下された。サンプション氏は手記でこう述べている。「それにもかかわらず、高等法院は予算を否決することは、最高責任者に政策を変更するよう圧力をかける手段として許されないと判断した。そうなれば、最高責任者の職務遂行に支障をきたすという。その結果、立法会は政府にとって好ましくない目的のために憲法(訳注:香港基本法)によって与えられた権利を行使することはできないことになってしまった」

香港司法が直面する問題点

 サンプション氏はさらに、今の香港の司法が直面している問題を三つ指摘している。

(1)国家安全法と植民地時代から続く「扇動」に関する法規が、裁判官の行動の自由は脅かしていないものの、明らかにその判断の自由を「著しく制限」しており、その中で裁判官が法律を適用しなければならないこと。

(2)香港基本法の枠組みにより、中国政府が香港の裁判所の判決を気に入らなければ、中国の全国人民代表大会による「解釈」によってそれを翻すことができること。実際に、元「リンゴ日報(アップル・デイリー)」社主のジミー・ライ氏による英国人弁護士起用を香港の裁判所が「合法」と認めたにもかかわらず、中国側がそれを翻すという事態が起きた。

(3)「当局の被害妄想」。サンプション氏は「2019年の暴力的な暴動(訳注・ここで彼ははっきりと“riot”という言葉を使っている)は衝撃的だったが、香港の通常の法律で十分に対処できた。国家安全法は、立法会で民主派が多数を占めるという脅威に対応するため施行され、平和的な政治的反対意見すらも鎮圧した。民主派メディアは警察によって閉鎖され、編集者は扇動罪で裁判にかけられている。社会運動グループは解散させられ、リーダーは逮捕された」と述べている。

 こうした政治的な暗いムードの中で、「多くの裁判官は、たとえ法律がそれを認めていても、主体の自由の擁護者としての本来の役割を見失っている」としている。さらには、高圧的な現議員や政府高官、中国政府メディアの扇動による、保釈や無罪判定への怒りの大合唱の中、また愛国心を求められる中で、香港人裁判官たちがそれに逆行するには「並々ならぬ勇気が必要だ」と述べている。そして「海外の裁判官と違って、彼らには他に行くところがないのである」とした。