2019年12月に海外非常任裁判官に就任したサンプション氏は香港での自身の役割について、「海外非常任裁判官の存在が法の支配を維持する一助になることを願って法廷にとどまったが、それはもはや現実的ではない」としつつ、「悲観的でない人もいる。彼らが正しいことが証明されることを祈っている」と結んでいる。
香港政府の反発と海外非常任裁判官制度の行方
このサンプション氏の手記は、香港司法にかかわる人物による、これまでで最も辛辣(しんらつ)な批判となった。香港政府は4000字にも上る長文の反論を公式ウェブサイトで発表し、香港政府は香港の裁判所の審理に対していかなる人物の干渉も許したことはないと強調した。さらに李家超・行政長官は記者会見を開き、特にサンプション氏を名指しせずに「香港の法治を破壊する者たち」を激しく批判した。
加えて、中国政府下の香港に関わるさまざまな機関がそれぞれに非難声明を発表し、サンプション氏を「うそつきで、誠意がなく、非倫理的」とか「英国政府や政治家による政治的操作の道具となることをいとわない人物」などとののしった。
こうした事態に対して、引き続き海外非常任裁判官を担当する外国人裁判官の中からは「香港の法の支配は今も守られている」とする一方で、サンプション氏に向けられた中国や香港当局の罵詈(ばり)雑言に対して、「彼は尊敬に値する、素晴らしい法曹人である」と反論の声が上がっている。
このサンプション氏の「内部告発」ともいえる香港司法の現状についての手記は、英国やコモン・ロー制度を取る諸国において重要な告発と受け止められているはずだ。その結果、たとえ香港当局が新たに海外非常任裁判官を招き入れようとしたとしても、「そのハードルはかなり上がった」という見方が主流になっている。それを受けて、香港内の親中陣営からは「海外非常任裁判官の制度は本当に必要なのか?」という声も上がりつつある。
筆者が最も驚いたのは、香港の法務大臣に当たる律政司長を務める林定国氏が、「海外非常任裁判官がいなくなっても『人が死んだりビルが崩壊するわけではない』(=海外非常任裁判官の不在はこの世の終わりではない)」と発言したことだった。林氏はもともと、コモン・ロー制度下の法廷弁護士だった人物だ。コモン・ロー制度の維持は、香港の国際化された司法環境を世界に印象付けるための大事な存在だと認めつつも、ここまで海外非常任裁判官の存在をおとしめる発言をしたことに、今後、政府がいかに同制度を“尊重”していくのかが表れていると感じた。