スタートアップが抱える取引リスクを
従業員スピンアウトは大幅軽減できる

 もう1つ、従業員スピンアウトのパフォーマンスが優れている理由があります。それは、投資家や金融機関といった資金提供者、あるいは、潜在的な取引先や連携先に対するシグナリング効果によるものです。

 スタートアップは誕生してから間もないことから、第三者はその事業内容や潜在性について限られた情報しか持っていません。したがって、情報のないスタートアップとの取引の判断をすることは、不確実性が大きく、とてもリスクが高いと言えるでしょう。

 その点、従業員スピンアウトは、同業界における豊富な知識やスキル、経験を有している創業者たちで設立されているため、第三者から見れば、他のスタートアップと比べて格段にリスクの低い取引先になるというわけです。

 また、従業員スピンアウトは、出身組織あるいはそこでの取引先とのネットワークという貴重な資源が第三者に対する信頼の高いシグナルとして作用し、アドバンテージを有することになります(Walter et al., 2014)。

 結果として、従業員スピンアウトは、資金調達が容易に行えたり、新しい取引先や連携先を開拓しやすかったりすることで、高いパフォーマンスの実現が可能になると考えられます。

 しかしながら、従業員スピンアウトに課題がないわけではありません。まず、従業員スピンアウトは、出身組織との分野的なオーバーラップが大きい場合は差別化が難しく、結果として、アドバンテージを生かしきれない可能性があります(Sapienza et al., 2004)。

 また、従業員スピンアウトの創業者たちが勤務していた既存組織からは、事業分野のオーバーラップが大きい場合には、敵対的な反応を受ける可能性があります(Bahoo-Torodi & Torrisi, 2022)。

 これらの点から、従業員スピンアウトは、創業者たちの出身組織との適度なオーバーラップを持つ分野で新しい事業を始めることが重要な戦略となりそうです。