他方で、従業員スピンアウトの登場は、必ずしも軋轢のようなネガティブな理由だけが要因ではなさそうです。たとえば、企業内ベンチャーといった新しい事業への取り組みを行っている既存の組織においては、起業家的な考え方を持つ従業員が増えるかもしれません。このような組織においては、従業員が起業機会を認識する確率が高まり、従業員スピンアウトを生み出す可能性が高まるでしょう(Gompers et al., 2005)。

 さらに、従業員スピンアウトは、経営者の交代や倒産などの経営危機といった予期せぬ出来事によって引き起こされることもありそうです。実際、デンマークにおける国レベルの経済状況と従業員スピンアウトの発生確率を調べた研究によれば、経済が停識している時期に勤務先企業の廃業が原因でスピンアウトが設立される確率が高まることが示されています(Enikson & Kuhn, 2006)。

もともとの職場で築いた資源を
創業者は自分の会社に注ぎ込む

 従業員スピンアウトのアドバンテージには、企業の起源が関係しています。従業員スピンアウトは、たしかに既存組織からは独立して設立されますが、従業員たちはもともと在籍していた組織で多くの経験をしてきています。従業員スピンアウトの創業者は、その経験を通して、当該業界における起業に欠かせないさまざまな知識やスキルを身につけていると考えられます。

 従業員スピンアウトの創業者たちは、既存企業において培ってきた技術や市場に関する専門的な知識やスキル、築いてきた取引先や連携先とのネットワーク(社会的資本)を活用することができるでしょう。したがって、従業員スピンアウトは、既存企業における勤務経験に基づいた資源という点において、他のスタートアップと比べて大きなアドバンテージを持つことになります。

 既存企業から従業員スピンアウトへ、創業者たちを通してどのような知識やスキルが「移転」するのでしょうか。これまでの研究からは、従業員スピンアウトのパフォーマンスが優れているのは、技術的な知識やノウハウが波及するからということも関係しますが、どちらかというと、市場でのマーケティングのノウハウのような、技術的ではない知識やスキルが移転することがより重要であることが示されています(Agarwal et al., 2004)。